たとえばの話
(聖)




どうしたものかな


私はぼんやりと考える。

祐巳ちゃんが、不安定になってしまっているから。

朝起きた時はそんな感じではなかった。
…けれど。

朝食を食べていた時から、ぼーっとしたり、紅くなったり、涙ぐんだり…いや、泣いてしまったんだっけ。



『抱きしめてもいいですか』



正直、驚いた。
こんな事を云われたのは初めてだったから。

何かを考えているんだろうという事だけは解る。

…どうしたものかな。

再度、呟く。
心の中で。



「…聖さま…」
「何?」
「…何を考えているんですか?」

不安そうな、瞳。

「…祐巳ちゃんの事」
「…嘘でしょう?」
「ううん、ほんと。このまま祐巳ちゃんを独り占めにしていたいけど、まだお昼前だし…良い天気に若者が篭りきりで何やってんだって感じかなって」

もっともらしい事を云う…

思わず自分で自分を笑ってしまいそうだ。




―――このまま、二人がひとつになってしまえたら
他には、何もいらない

…栞さえ、いてくれたら…




そんな事を考えていた自分。
そして、それが結果的に毀れるきっかけになった。

だからこそ。
あの時の二の舞はごめんだ。

両手で栞の手を握っていた。

その手は、解かれてしまった。

それから、片手を志摩子と繋いだ。

今もその手は志摩子の手を繋がっているだろうか。

…もし、離れてしまったとしても、志摩子のもう片方の手は、あの日本人形のような妹と繋がれている。
それでいい。


なら、祐巳ちゃんの手は?
もしかして…今の私は、祐巳ちゃんを腕に、胸に抱きしめている状態なんじゃないだろうか?


その状態は…どうなんだろう…
吉と出るのか。
それとも…

「ねぇ祐巳ちゃん…」
「…はい?」
「手って、なんの為にあるんだと思う?」
「は…?」

不思議そうな顔をする。
でも、祐巳ちゃんがどんな風に答えるか気になった。

見当違いの答えなら、其れも良し。

「手…ですか…」

祐巳ちゃんは何かを考えるような顔をしてから「以前何かで読んだ例え話なんですけど」と私を見た。

「うん、何?」
「手っていうのは、自由に動かす事が出来て、物を掴んだり書いたり、いろんな事が出来ますよね。便利な事や良い事も沢山あるけれど…でも、手は悪い事もする。物を盗む事や、悪戯する事…人を殺す事も。でも、人間の手で出来る最高で最良な事は、便利に使える事ではなくて、ただ自分の大切な人を抱きしめられる事なんですって」
「…抱きしめる、事?」
「ええ。二本の腕は、大切な人を抱きしめる為、自分以外の人を愛する為にあるんですって」
「……」
「自分の為に使うだけじゃなく、誰かを愛する為、抱きしめる為…私はそれを読んだ時、凄く素敵だと思ったんです。そしていつか、私も誰かに愛している事を伝え……」


最後まで、言わせなかった。

どうしていいか、解らなくなって、私は祐巳ちゃんを抱きしめた。

この手が、祐巳ちゃんを抱きしめる為にある。

それを聞いただけで、良かった。

「さっき…抱きしめてくれたのも、私を好きだから、だよね」
「……はい」




なら、私も祐巳ちゃんを抱きしめよう。


不安定になっている、祐巳ちゃんを。

抱きしめて、ここにいるよ、と。
私はここにいるから、と。

不安を少しでも和らげてあげられる様に。



もしかすると、私の側にいるからこその、不安かもしれないけれど。




後書き

執筆日:20040731


7月最後のSSです。
明日から8月ですよ。早いものです。

文中に出てくる『手』の話は完全な創作です…
以前、こんな事を考えておりまして…もし何処かでこんな事考えてる方の話とか本とかあるなら読んでみたいです。

一緒にいて楽しかったり幸せだったりすればするほど、離れないといけない時がくるのが嫌なものですよね。
気付いてしまったら、アウトです。

こういうのって、気付かない方が楽なんですけど。

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