厳しさ
(聖祐巳)





「…浴衣…ですか?」
『そう、浴衣。持ってる?』



今日は聖さまのお部屋にお泊り。
最後にお泊りしてからまだ二週間。
それなのに、なんか、色々あったなぁ…なんて考えながらお泊り道具をバッグに入れていたら聖さまからの電話。

開口一番
『祐巳ちゃん、浴衣持ってる?』
ですって。


「はぁ…持ってます…けど?」
『今日持って来られる?』
「え、まぁ…どうしてですか?急に浴衣なんて…」

そりゃ浴衣なんだから、着るって事なんだろうけど、あまりに突拍子が無い。

『ん。それはうちに来てのお楽しみ〜♪』

どうしちゃったんだろ、なんだか浮かれてる…?

「はぁ…まぁいいですけど…」


祐巳はバッグを少し大きめなものに変えて、お泊り道具と、浴衣、帯、下駄を入れた。




聖さまのお部屋に行く途中、浴衣を着た女の子を結構見掛けて、祐巳は頭を捻った。

何かあるんだろうか…
お祭り…とか?

色々浴衣が合う催し物を考えながら聖さまのお部屋に到着。
インターフォンを鳴らすと聖さまが飛んできた。

…一応誰が来たか確認した方がいいと思いますよ、聖さま…
女性なんですから。

「待ってたよ!祐巳ちゃん!」

満面の笑み、というのはこんなだろうって位の笑顔。
こんな笑顔を見せられたら何も云えなくなってしまう。

「…お邪魔します」
「はいどうぞー」

アイスティーでいい?と聞いてくる聖さまに返事をして、祐巳はベランダから外を見る。

「…聖さま、浴衣持っても来いって、今日は何か…?道行く女の子の中にも浴衣の子とかいましたけど」
「んー?云わなかった?」

云ってません。
全然云ってません。

「云ったつもりだったけど…今日は花火大会があるんだって。そこの河川敷。だからさー」
「え」

河川敷?
そんなのがあったんだ…知らなかった。

「祐巳ちゃん、浴衣着てさ、見に行ってこよう?」
「聖さまは?」
「私?着ないよ?」
「どうしてですか?見てみたかったのに…」

絶対似合うに違いないのに…

「そう?でも私今ここに浴衣無いし。今度ね」
「絶対ですよ?見せて下さいね?」

解った解った、と聖さまは祐巳の頭を撫でる。
その感触が気持ち良くて、ついつい目を閉じてしまう。

「…気持ちいい?」

あれ…聖さまの声が、ちょっと変わった。

目を開くと、苦笑いしてる様な、聖さまの顔。
その顔がそっと近付いて、祐巳の頬に唇が触れた。

…唇に、かと思ったんだけど…
ちょっとがっかり。

うわ、何考えてるんだろ、私!

「なぁに?ほっぺにちゅーじゃご不満?」
「ぎゃっ!」

だから、思考を読まないで下さいってば!

あとのお楽しみに取って置こうと思ったんだけどなぁ、と聖さまが苦笑する。

そしてゆっくりと唇が近付いてきた。
軽く触れるだけのキス。

唇が触れた瞬間、昨日の…雑木林の中でされたキスを思い出してしまった。
初めて、あんなキスをされて…祐巳は体の力が抜けてしまいそうになった。

そのキスを思い出してしまった祐巳は、思わず離れていく聖さまの唇を追い掛けてしまった。

「こら」

聖さまがコン、と軽く頭を小突く。

「そんなに私を喜ばせてどうするの」

困ったような、痛いような顔。

「…あ」

思わずごめんなさい、と呟く。
聖さまの、こんな表情には、弱い。

「何謝ってんの」
「あいたっ」

今度は額にデコピン。

「ほら、お着替えお着替え!花火始まっちゃうよーん。浴衣〜の君〜は〜とっても〜きれいで〜、なんて歌、あったっけなぁ」

知りません、そんな歌。







…まずい。
非常にまずい。
いや、まずかった、というべきか。

あれは犯罪でしょ…もう…



祐巳ちゃんが、少し変わってきているかもしれない。

頬にキスしたら、ちょっと不満そうな顔をして…
それならと唇に軽いキスを落とせば、離れていく私の唇を追い掛けてきた。

…全く、私は理性と闘ってるってのに。

そんな事されたら…ねぇ?

でも、祐巳ちゃんが変わってきているのだとしたら…きっと、私のせい。

それは嬉しいような、恐いような。

だって、人ひとりが自分の存在に因って変わる、だなんて。


そんな恐ろしい事は無い。


これから、もっともっと、祐巳ちゃんは変わっていくのだろうか…?




「…聖さま?どうかしたんですか?」

ハッと気が付くと、もう30分以上も経っていて。
そんなに物思いに耽っていたのかと自分に呆れる。

祐巳ちゃんに目をやると…

「うわぁ…」

思わず、溜息混じりの歓声。

「う…おかしい処、無いですか?」
「無い無い!似合ってるよ!」

紺色に白い花をあしらった浴衣が、良く似合っている。

「去年までは白地の浴衣だったんですけど…今年はお母さんがこれにしたら…って」
「そっかー…んー祐巳ちゃんのお母さん、有難う」

拝むようなポーズを取ると、祐巳ちゃんが「何やってんですか」と笑う。

ちょっと、大人っぽく見える祐巳ちゃんが、新鮮。

…ああもう、何考えてるんだろう、私は。

またさっき考えていた、微妙な気持ちが頭をもたげる。

嬉しいような、恐いような、そんな気持ちが心に満ちてくる。


「でも、良かった。おかしくなくって」

えへへ、と笑う祐巳ちゃんに泣きたくなってくる。

そっと引き寄せて、ゆるい力で抱きしめる。
着崩れしないように。

「…綺麗…祐巳ちゃん」
「え…?」
「なんか、外に連れていってみんなに見せるの、嫌かもしれない…なんちゃって」

じゃあ行こうか、と体を離す。

すると、祐巳ちゃんが離れていく腕に腕を絡ませてきた。

「…離さないで、下さいね?」

何故か真剣な目でそういう祐巳ちゃんに「そりゃ勿論」と笑う。

それでも、祐巳ちゃんの目が、私を見ていた。







何だか、聖さまの様子が変だ。

『情緒不安定』

この言葉がしっくり来る。

聖さまは、ひとりで何かを抱える人だから…ひとりで悩んでしまうから。

祐巳には凄く優しい。
でも、自分自身には厳しい。

まるで何かを戒めているかに様に思うことがある。

最近は祐巳から何かあれば話してくれるようにしつこいくらいに云っているから、話してくれる事も多くなってきたけれど。

…でも。

でもやっぱりまだ、聖さまの心の中には、祐巳には窺い知れない部分がある。
どうすれば、聖さまの心は穏やかになってくれるんだろう…

あんな痛いような、何かを我慢して泣きそうになっているような顔を見てしまうと、祐巳も寂しくなってくる。


やっぱり…まだ栞さんの事を、引き摺っているんだろうと思う。
それも、寂しい原因のひとつ…

でもこればかりは祐巳にもどうする事も出来ないから…

祐巳には、触れない事だから。


…しまった。

聖さまが祐巳の顔を見ていた。
聖さまには祐巳が何を考えているか、薄々解られてしまう。

これはまだ聖さまが白薔薇さまだった時からで。
百面相とからかってきながらも、祐巳の悩みやら何やらを感じ取ってくれていた。

「何考えてるのかな?祐巳ちゃんは」

苦笑しながら頬に指を滑らせた。

…あ。

知らずに涙が零れていたらしい。

ドーン!という音と共に、夜空に大輪の花が開く。

「…もう、帰りましょう」
「どうして?つまらない?」

祐巳は首を横に振る。

腕にしがみついて、祐巳はおでこを聖さまの肩にコツンと当てた。

「花火は綺麗で大好きだけど…なんだか今日の花火は直ぐに消えてしまって、寂しいんです」

嘘。
花火なんて殆ど見てなんかいない。

気になっていたのは、聖さまで。
優しくて、でも厳しい聖さまで。

祐巳には優しくて、自分に厳しい聖さまで。

それが寂しくて、哀しい。

「祐巳ちゃん…」

腕にしがみつく祐巳に、聖さまは困惑したような目を向けていた。

花火は相変わらず夜空に大輪の花を咲かせていた。







部屋に戻って、祐巳ちゃんはぼんやりとソファに座り込んでいる。

「…浴衣、着替えないの?」
「…はい…着替えます」

そう云っても、祐巳ちゃんはいっこうに動かない。

…多分、私の気持ちが伝染しちゃったのかもしれない。

私は今自分が一番して欲しい事をする事にして、祐巳ちゃんの隣に腰を下ろして祐巳ちゃんを抱きしめた。

「…祐巳ちゃん…どうした?帰ってきたよ?」

ベランダの向こうに花火が花を咲かせている。

なんだ、ここからでも十分に見えるじゃない。
そんな風に考えていると祐巳ちゃんが私の顔を見上げた。

「聖さま…」
「ん?」
「私、頼りないですか…?」

唐突に云われて一瞬息を飲んだ。

「…どうしたの、急に」
「解りません…解らないんですけど…」

胸に顔をうずめてくる祐巳ちゃんを、腕に包む。

「なんだか、解らないです…でも、恐いんです…」
「祐巳ちゃん…」


背中に腕を回してくる祐巳ちゃんの頭を軽くなでる。


「キスして下さい…」
「え?」
「…昨日みたいな、キスをして下さい…」


私の顔を見上げながら、潤んだ目でそういった。



…to be contined


後書き

執筆日:20040718


またも眠い中、書き込んでいたり。
ダメだ…また続いてしまいそうです。

哀しさとかって伝染しますからね…
そりゃ楽しい気持ちやらなにやらもそうですけど、哀しい気持ちは特に。

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