こっち向いて
(聖祐巳)



鏡に、映る、姿


聖さまと、祐巳が映っている、鏡


何気無い日常を映してる、鏡


その鏡が、日常ではない聖さまと祐巳を映している


……非日常なんてものは、案外直ぐ傍にあるものなのかもしれない








「…目、閉じて」

聖さまが、囁いた。


その声は、酷く切なげ。

思わず、従いたくなる程の優しさと、そして強引さを持っている声。


目を閉じれば、次はどうなるのか、祐巳にだって解ってる。

多分、聖さまはゆっくりと唇を重ねてくる。





けれど。
何故だろう。

それに従いたくなかった。

正反対の事をしたくなった。


「…嫌」


思わず掠れてしまった声が拒否していないけれど。


「…何故?」
「…解りません…でも、嫌…」

聖さまの手が、祐巳の額のタオルから外れる。
その手は、祐巳に頬に掛かっている髪を払い、そして置き場を求めて逡巡した後、ゆっくりと祐巳の肩に置かれた。
素肌の肩が、ふわりと温かくなる。
クーラーで少し冷えてきている。

「…そう」

真っ直ぐに祐巳と視線を絡めたまま、聖さまは頷く。

笑みを浮かべるでもない。
不服そうな表情をするでもない。

『表情が無い』と云った方が良い様な表情。

その表情を見ていると、思わず、ごめんなさいと謝りたくなった。




目の端に、鏡が見える。

聖さまと、祐巳を映す鏡。

聖さまの膝に頭を乗せた、バスタオルを巻いたままの、祐巳。


祐巳を見下ろす聖さまが…まるで彫刻の様に美しかった。

それが、悲しかった。



鏡に気付いた時、そこに映っていたのは、紛れも無く、人間の聖さまだったのに。











拒絶じゃない、拒絶。


言葉は拒否していても、声が拒否していない。
そして、『嫌』と云いながら、すがる様な瞳。


…どうしたものかね。


無理強いなんて持っての他。
最低な人間のやる事だ。

でも、この場合はどうなんだろう。


…動けないじゃない。


拒絶と、容認。

これじゃ、動けない。









祐巳ちゃんは、しきりに鏡を気にしている。


…何故だろう。
鏡ではなく、こちらを向かせたい衝動に駆られた。


こっちを、向いて。


簡単に云えたらいいのに。
その一言が、何故か云えない。

いつもなら、そんな事、簡単なのに。


「…聖さま…」


祐巳ちゃんが、おずおずと声を掛けて来る。


「…あの…」
「…何?」

あ、しまった。
少しだけ、声がキツイ。

自分で祐巳ちゃんを拒絶してどうする。

だから私はそっと肩から首筋へと撫でた。

…火照っていた体は、大分冷えてきている。


私の手の動きに励まされたのか、祐巳ちゃんはゆっくりと両腕を上げた。


「…聖さま…」

私の、両頬に当てられる、手。

「…祐巳ちゃん?」
「降りて、きて下さい」
「え?」


頬にそっと当てられた手が、私を引き寄せる。

そんなに強い力ではない。

でも、私は待ち侘びていたその手に引き寄せられる。

拒絶と容認。


ああ、そうか。


与えられるだけでなく、与えたい。

以前、祐巳ちゃんはそう云っていた。


頬に当てた手に導かれるように私は祐巳ちゃんに、一歩、また一歩、と急かされる。


「祐巳、ちゃん」

唇まで、ほんの数センチ。

「…はい…?」
「…目は、閉じてね?」



返事の代わりに唇が重なってきた。

鏡に映った姿を見る。


まるで、ドラマや映画にワンシーンの様に。



でも、まるで他人事のような鏡の世界。

でも、今こうしているのは、現実。


祐巳ちゃんの視線が、鏡へと向う。


それを、ゆっくりとまぶたの上に手を当てて、隠してしまう。



こっちを見て。


鏡だろうと、今は見ないで。



ただ、私だけを。







後書き


執筆日:20040806


…なんか、不発だわ。


「君を待つ」同様に書き直すかな…暇見て。


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