君にしか聞こえない
(聖祐巳)




自分の持ち物や、気に入っているもの

それを「良い」と思って貰えた時

その、ちょっと嬉しいような、くすぐったい様な感覚が、好き

音楽なんてのは、特に

趣味が現れるし、好みもあるから








胸のドキドキが、治まらない。

聖さまの心臓の、音。
祐巳の心臓の、音。

それが、ゆっくりと同じ速さになっていくのだけを感じている。




…ぽとん


祐巳の頬に、冷たいもの…雫が落ちてきた。

それに、聖さまの胸から顔をあげる。

「…ん?」

聖さまが不思議そうな顔をする。

「どうしたの?」
「冷たいと思ったら…!」

するり、と祐巳は聖さまの腕からすり抜ける。

「ゆ、祐巳ちゃん…?」
「聖さま…風邪引いちゃいます。座って下さい。拭きますから」

洗面所からタオルを手に戻って、聖さまを椅子に座らせると、それを頭にふわりとかける。
そして、ポンポンと、まずは表面や髪先の水分を吸い取った。

「ああ…慌てて出てきちゃったから…」

タオルの中から、ちょっとくぐもった声が聞こえてくる。

…なんだか、新鮮。

黙って祐巳に髪を拭かせてくれる聖さまが、何だか可愛い。
こんな事、出来るのは祐巳くらいのものだって、思う。

思わずニコニコしてしまうけれど、それは聖さまには見えない。

すると、クスクスと聖さまの笑い声が聞こえてきた。

「聖さま?」
「なんか、くすぐったいなって…こんな事されたの、初めてだもん」
「…たまにでよろしければ、これからもしますけど?」

なーんちゃって。
顔が見えないから、云えるんだけど。

「そうだな…うん。たまに御願い」
「…え?」
「何?」
「い、いえ…」

なんだろ。
聖さま、もしかして、甘えてくれてる…の、かな?

そう考えると、何だか妙に照れくさくて。
顔が見えないのが、有難い。

…くすぐったいのは祐巳の方かも。

だって。
きっと今、真っ赤になってるだろうから。





「…もう、いいかな…」

顔も赤みが取れた頃を見計らって、聖さまからタオルを取り去った。

「…はい…これでいいです」
「ありがと」

タオルの下から現れたのは、綺麗な微笑み。

…ダメだ。
こんな風に微笑まれたら…

祐巳は赤くなる頬を隠すように、タオルを洗濯機に入れに行こうと聖さまに背を向けた。

「…どこ行くの」

やんわりと、手を掴まれる。

「…タオル…洗濯機に…」
「いいよ、置いておいても」
「…でも…直ぐそこですから…」

柔らかな力で掴まれているのに、手が解けない。

振り払うのも、おかしいし。

「…聖さま…放して…」

まるで、陸にあげられた魚の様な、息苦しさの中で、懇願する。
…って、魚の気持ちなんて、知らないけど。

でも、祐巳の言葉に、聖さまはするりと手を放してくれた。

パタパタと、洗濯機の置いてあるバスルームに駆け込んで、タオルを洗濯機に入れる。


キッチンから、冷蔵庫を開く音が聞こえる。

そしてグラスに氷がぶつかる小気味良い音。

「あ、ココア」

作っておいて、と聖さまに云われていた事を思い出した。
祐巳は急いでキッチンに戻る。

「私やります。聖さまは…」

キッチンに立つ聖さまを見て…そこで祐巳の言葉が途切れた。


聖さまは、ただグラスに氷を入れていただけ。
カラン、カラン、と少し高い位置からグラス目掛けて落としているだけ。
目は、何も映していない様に思えた。

まるで、作り物の様な、雰囲気。


「…聖、さま…?」


声を掛けた途端、その雰囲気は一掃されて、祐巳を振り返った。

「ん?どした?」
「い、いえ…ココア、私が淹れます」
「ありがとー、じゃあ御願いしよっかな」

そう云うと、聖さまは寝室へと向かう。
祐巳は微妙な聖さまの雰囲気の変化に首を傾げるしか出来なかった。








「聖さま、そちらに持っていきますか?それともこちらで飲みます?」
「あー、こっち持ってきて」

祐巳は聖さまと、自分の分のアイスココアを寝室へと運んで、ベッドサイドに置いた。

聖さまはベッドに座って何かを見ていた。

「何です?」
「さっき届いてた通販のCD」

見慣れない雰囲気のジャケットに聖さまの手元を覗き込みながら聞く。

「洋楽ですか?」
「いや、日本人。この間、MIDIのサイト覗いてたら、見つけたんだけど。視聴したら、好みだったから買ってみた」
「インターネット?」
「そう」

思わず繁々と見詰めてしまっていたら、聖さまが苦笑しながら立ち上がってCDをセットした。

「祐巳ちゃんの、好みではないかもしれないけどね…」

そう呟きながら、CDをスタートさせる。



色々な音楽が溢れている中、自分好みの音を見つけるのは簡単。
でも音楽は、それぞれに好みってものがあるから。
誰かに合わせるなんて事は出来ない。

こればかりは、祐巳と聖さまの好みは分かれてしまう。


聖さまは、洋楽とかが好きみたい。
車の中でも良く洋楽多めのFMラジオが流れていたから。

邪魔にならないのが好き、とか云っていたっけ。

そんな事を考えていた祐巳を、『音』が包み込んだ。


「うわ…っ」


思わず、声がもれた。
そして鳥肌。

なんか、凄い。

何がってのは、説明出来ない。

でも…



「聖さま…これ…インディーズなんですか…?」

祐巳は、隣に腰を下ろした聖さまに聞いた。

「そう。結構枚数出してるらしいけど、私はこのCDの中の曲に惹かれたから、まずは…と思って」




例えるなら、『自然』

よくいうヒーリング系とかとはちょっと違う。

どちらかといえば、テクノとか、ユーロビートとかっていう感じなのに…

どうしよう…




聖さまが、驚いた様な目で祐巳を見ていた。









祐巳ちゃんが、泣いている。

自分の涙に気付いていないのか、涙を拭うこともせずに。




…嬉しい、そう思う。


これが、音楽の、チカラ。


私がこのCDの曲を視聴した時、祐巳ちゃんと同じ様に涙が溢れた。


…それまでの私は、時には音楽が邪魔なものに思える事が多々あった。


『音楽』は、時に『騒音』にもなり得る。


勿論、どんなに綺麗な音楽も、聴き方次第で美しくもあり、騒音にもなる。
それは解っているけれど。


音楽は、人間次第で自然の『音楽』を消してしまう事があるから。


葉がすれる音
風の音
小鳥のさえずり
水が流れる音

そして…心音



それら自然の最高の『音楽』を、人工の『騒音』が消してしまう事が、私には耐えがたかった。



それが…

何気無く回っていたサイト。
何気無く押した視聴ボタン。

それが、私の今までの偏見を、消していた。

そして、無意識に、押していた『購入』ボタン。



…誰かにそれを解ってもらおうなんて、思わない。
誰かに押し付けようなんて思わない。
誰かにとっては、『音楽』ではなく『騒音』かもしれないから。



それを…祐巳ちゃんは、私と同じでは無いかもしれないけれど、私と同じように、その『音』に涙している。

こんな至福が、そうそうある事なんだろうか?

多分…無いだろう。




祐巳ちゃんの頬に、手を添えて、こぼれる涙を拭う。

「あ、あれ…どうして…」

拭われて、やっと泣いていることに気が付いて、祐巳ちゃんは不思議そうに私を見る。

「どうして、涙が出るんでしょう…」
「さぁ…それは私にも解らないよ…でも、私も、初めて聞いた時、涙が出た」
「聖さまも…?」






私が聞いているようには、聞こえていないかもしれない。

祐巳ちゃんが聞いている音は、祐巳ちゃんにしか聞こえないから。

祐巳ちゃんだけの『音』。


それが、どんな音なのか…凄く興味があった。







「聖さま…」
「…何…?」
「泣かないで…」


CDがエンドレスで回り続けている。

繰り返される『音』

私は、毀れたオルゴールの様に…または傷の付いてしまったレコードの様に、キスを繰り返す。

とにかく、私は今、毀れてしまっているのかもしれない。


「…泣いてないよ」


けれど、そんな私に、おずおずと祐巳ちゃんは応えてくれる。

毀れた私を修復出来るのは、きっと、祐巳ちゃんだけ。



ゆっくりと、パジャマのボタンを外していくと露わになる、白い肌。


「…聖…さま…」


恥ずかしそうに、囁く声。


「…聖って、呼んで」
「…っ…」


声にならない声が聞こえた。




これから、二人だけで、音楽を奏でる。

誰にも聞こえない。
誰にも聞かせてなんか、やらない。

私と、君にしか聞こえない、『音楽』



「せ…い…っ」


極上の、『音楽』を。




後書き


執筆日:20040808


良い音楽を聴くと、創作意欲が湧きます。
音楽は大事です。
でも、自分には良いものでも他の人には騒音の場合もある。
それが寂しくもあり。
でも自分にしか感じ取れない『何か』を感じ取れた事が嬉しくもあったり。

これって、もしかすると恋愛も同じかしら?なんて思っていて、考えたお話だったり。

そして、聖さまが見つけたMIDIサイトは私が見つけてCDを買ってしまったサイトの事を思いながら書いていたり(笑)


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