笑って
(聖)





永遠は、いらない

永遠は、悲しいだけだから

だから、永遠は、いらない








雨が、降り出した。
結構、強い雨。
窓ガラスにバチバチと当たる音がする。

遠くには、雷鳴。
近付いて来なければいいけれど。

祐巳ちゃんは、雷が苦手だから。

ぴたり、と私に寄り添っている祐巳ちゃんの髪を撫でる。



…抱き合う事で、不安が消えるなら、幸せなのに。

勿論、それで心の一部分は、充たされて、穏やかな気持ちになれる事を、私は昨日今日、知った。

けれど。
最奥の不安は拭えない。

そして、肌を合わせる事によって、逆に離れる寂しさが増してしまう事があるという事も、知ってしまった。



…あと、15時間。
その時が来たら、手離さなくてはならない。

あの、優しいご家族の元へ…返さなくては、ならない。

私を信頼して、大切な娘を預けてくれている。
その事を、私は忘れてはならない。



「あ…雷…」

少しずつ、近付いてきているらしい。
照明を落としている室内に、雷光。

「…恐い?」
「…少し…」

気だるそうな…緩慢した動きで、祐巳ちゃんが私の肩越に窓を見やる。

そして、おでこを肩に擦り付ける様に身を寄せてくる。


近付いてくる、雷。

正直、私はこの稲妻を見るのが好きだ。

大地と空の、芸術。
自然の放電現象。
この地上が生きている証。

この稲妻に、昔の人は龍が空を駆る姿見たという。
解る気がした。

一瞬にして、生き物の命を奪う事すら可能な脅威の存在。
地震、雷…とはよく云ったものだ。

…私はこの美しい存在になら、殺されてもいいと思った事すらある。

けれど。
もしかすると、祐巳ちゃんが雷を恐がるのは、そういう生命の危機への無意識の恐怖もあるのかもしれない。


そう思える祐巳ちゃんが、羨ましいと思った。





室内を煌々と照らし出す雷光。

「…やっ…!」

体を竦める祐巳ちゃんの体に回した腕に、少しだけ力を込める。

「…大丈夫だから…」
「でも…!」
「大丈夫」

ポンポンと背を叩く。

「私が、いるから」
「…聖さま…」
「いるから…」

けれど、雷鳴は容赦ない。

ますます近付いてくるソレに、祐巳ちゃんは必死に私にしがみ付いてくる。

「恐い…っ」
「祐巳ちゃん、私を見て」
「聖さま…っ」
「大丈夫、傍にいるから」

そう云うと、祐巳ちゃんが首を横に振った。

「うそ…っ」
「何故?」
「だって…だって聖さまは…私を帰しちゃう…!」

恐怖からか、錯乱状態っぽくなっている祐巳ちゃんに、私は切なくなる。

可哀想に。

そう思う。





…誰が?
誰が、可哀想?

祐巳ちゃんが?

…私自身が?








「祐巳…」

体を、抱きしめる。

小さな体。
沢山の思いが、収まり切れなくて溢れてる。

「聖さま…っ」
「離さないから…」

もう、手離せないから。












雷は峠を越え、少しずつ遠ざかっている。

祐巳は…疲れた果てたかの様に眠りに落ちている。

離さないから、と…それを証明出来る筈もないのに、それだけでは証明する事など、無理だけど、私は少し荒く…乱暴に祐巳を組み敷いた。
錯乱状態の祐巳は、力を込めて押さえつけないといけない位に、暴れたから。

「…ごめんね」

ついばむ様な、キスをまぶたに落とす。

無理矢理与えられる快楽に、雷鳴さえも聞こえなくなるくらいに、身も心も疲れ果てて、眠りに落ちてくれたら…
そう思った。


祐巳にとって、ツライ時間だったに違いない。

けれど…
私自身にとっても、正直、何をやっているのかと自己嫌悪しか感じない時間だった事は確かで。




…最低。
もう何も感じなくなるくらい、毀れてしまいたい。









「せ…い…」

掠れた声が、私を呼んだ。
叫ばせたせいで、声を掠れさせてしまった。

「…泣いてる、の?」

背中を向けているのに、どうして?
私は、振り返れない。

「泣かないで…」

冷えた素肌に、覆い被さってくる、心地良い体温。

「ひとりに、ならないで…」

唇が、背中に滑る。
温かさが、沁みる。

「…ひとりに、しないで…ひとりに、ならないで…私を、見て…」
「…っ」

体が、震えた。

傷つけたのに。
無理矢理に、組み敷いて、無理矢理に、体を開いたのに。

それなのに。










「…笑って?」
「…笑えないよ」
「どうして?」
「…だって」


私の上で、祐巳が囁く。

手が、ゆっくりと私の髪を撫でる。

「笑って…大好きな笑顔が、見たい…ずっと、笑っていてくれたじゃないですか…私を、励ましてくれたじゃないですか…」
「それは…私の科白だよ…」

そう、いつでもその笑顔に救われていたのは、励まされていたのは、私。

…その笑顔が消えてしまう様な事を、私はしたのに。
それなのに…

「…さっきのは…確かに恐かったけど…でも、聖さまの手は、優しい聖さまの手のままだったから…だから…」

ついばむ様な、接吻。

くすぐったくて、つい、笑みがこぼれた。



「あ…笑った…もっと、笑って?」






後書き

執筆日:20040809
加筆:20040810



…スイマセン、逃げました、また。

ダメだ、逃げるクセがついてしまっている気がする…


なんだかちょっと、えっちな事になってしまった自分にびっくり。
おかしいなぁ…最初はこんなではなかったんですけど…

そろそろ本編も書きたいなぁ。


『笑って』祐巳ver

next 『手を伸ばす』

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