それでも
(聖祐巳)




私を見て

どんな私でも、受け入れて

解ってくれとは云わない

でも、受け入れて欲しい








繰り返される口付け。
上がっていく呼吸。

「…も…う、だ…」

頬に触れてくる指が、震えている。

その指をかれめ取って、何故?と目で問いかける。

「だ…って…」

上気している頬がいとおしい。

「聖、さま…鏡…見てる…」

少しすねた様なその言い方に、思わず破顔する。

「ダメ?」
「…だって…恥ずかしい…」
「…じゃあ、もう見ないよ」

呟いて顔を寄せていく。

「や…待って」
「ん?」
「待って…ま……クシュン!」


あ、まずい。
完全に体が冷えたらしい。

このままでは風邪を引かせてしまう。

「祐巳ちゃん風邪ひいちゃう」
「ふぇ…?」
「着替え、しなきゃ」

ホントなら、こういう場面での常套句、『私が暖めてあげる』を使いたい所だけど。
それは、我慢。

祐巳ちゃんが体を起こして申し訳ない様な複雑な顔をしている。

「なんて顔してるの、祐巳ちゃん」
「…だって…」
「私もお風呂入ってくるよ。それとも…祐巳ちゃんも一緒に入る?」

耳に唇を寄せて、そう囁くと途端に顔が真っ赤になる。

「ひゃっ!ま、待ってます!」
「そう?残念だねぇ」

ぶんぶんと顔を縦に振る祐巳ちゃんに微笑んで、立ち上がる。
すると、クン、と後ろに引かれる様な感覚。

「聖さま…」

祐巳ちゃんの手が、私のシャツの裾を掴んでいる。

「ん?」
「あの…」

何か云いたげな瞳に、私は微笑んでその頬に触れる。


「…ほっぺた冷たい…早く着替えて、ココア作って飲んで体温めて。ああそうだ。私にはアイスココアね。砂糖抜き。作っておいてくれる?」


そう云うと、微かに微笑んだ。


「解りました…」









祐巳はパジャマ姿で、二度目にお泊した時に聖さまがくれたマグカップにココアを淹れる。
ふわりと広がる甘い香り。

『これ、祐巳ちゃんのね』

そう云ってくれたマグカップは淡いピンクの無地。
その時から、祐巳の好みの甘さの飲物が入れられている。

祐巳はそのカップに入れたココアを飲みながらしょんぼりしていた。

あそこでクシャミが出なければ…

別に、それを待ち望んでいた訳ではないけれど。

でも…



「聖さま、呆れちゃったかな…」



ポツリ、と自分が落とした呟きに、自分で辛くなった。

一口、ココアを口に含む。

何故だか、今日のココアはいつもみたいに美味しく感じない。

ただ、甘いだけの液体って感じがして。


ついに、ぽろっと涙が零れ落ちた。

泣くのはおかしいと思って、ずっと我慢していたけれど。

一粒零れ落ちると、もう止められない。
ぽろぽろと涙が零れた。


いいや、もういいや。
まだ聖さまは来ないだろうから。
今の内に泣いちゃおう…

そう思ったら、堪えていた声まで抑えられなくなった。
もう涙も、まるで滝。

「…っ…く」

ホントに、なんでこんなに涙が出るんだろう。

聖さまに呆れられたんじゃないかって思ったら。
仕方が無いな、って思われたんじゃないかって、思ったら。

…胸が痛い。

…ホントに、どうして祐巳はこんなに子供なんだろう…
聖さまは、本当に大人で。

つり合わない…なんて思ってしまう。

でも、そんな事を思うのは、聖さまに失礼。
祐巳を好きだって云ってくれる聖さまにとても失礼。


だから、聖さまに似合う自分になりたい。

ずっとそう思っているけど、まだまだ。


だから、泣けてくるのかな…



…こんな時に思い出すのは、話でしか聞いた事のない栞さんじゃなく、聖さまの親友の蓉子さま。
聖さまをずっと傍で支えていた、蓉子さま。

あんな人になりたい。

聖さまを支えてあげられて、甘えさせてあげられる、あんな人に。


…今でも時々、思う。
蓉子さまは、聖さまを好きなんだろうって…
好きじゃなきゃ、あんなに出来ない。

きっと、蓉子さまは祐巳を見ていて、もどかしいんじゃないかって思う。



…思う思う…って、さっきから何度も繰り返している事に気付いて、祐巳は泣き笑い。


そろそろ、泣き止まなきゃ。
もし気付かれたら、聖さまを心配させてしまう。

今なら、目が腫れていても何とかなる。



「…どうしたの?」


聞こえた声に、ドキン!として、肩が揺れた。


「早かったですね、聖さま…ココア、今グラスに…」
「どうしたのって聞いてるの」
「せ、聖さま…っ」


慌てて背を向けたけれど、聖さまがズンズンと近付いてきて、祐巳を肩を掴んで聖さまの方に向かされた。







「…ひとりで、何考えてた?」
「……な、何も…」
「じゃあどうして泣いてたの?」


真っ直ぐに見詰めて、問いかける。

いや、問いかける、なんて気分じゃなかった。

訊問に近い。

「祐巳ちゃん…何考えた?」
「…」
「祐巳ちゃん?」

俯いていく顔を、あごを捕らえて上を向かせて目を合わせる。
けれど祐巳ちゃんは視線を微妙にずらしてしまう。

「なんで逃げるの」
「…こわ…い…聖さま…」

確かに、掴んでいるあごも肩も小刻みに震えている。

「そりゃ…ね。何だか胸騒ぎがして早めに出てきてみたら…祐巳ちゃんが泣いてるんだもの。私だって驚くよ」
「……ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「…心配させたと思ったから…」

ゆっくりと、目線を合わせてくる祐巳ちゃんに、ふっ、と表情を和らげた。

「いいよ…私も、ごめん。吃驚したよね…でも、どうして泣いてたの?」

そう聞くと、おずおず、と呟いた。

「…聖さまに…呆れられたと…思ったんです」
「は?なんで?」
「だっ…て…クシャミ、しちゃったし…そしたら…なんか色々考えちゃって、悲しくて…」


シュン、とした様に云う祐巳ちゃんに、私は驚いている事を隠す様にポンポン、と頭を撫でた。

本当なら、抱きしめたいんだけど。

それをすると、心臓がドキドキしている事を知られてしまう。


「聖さまに呆れらたら、やだなって…でも…」
「でも?」
「それでも…呆れられても、聖さまには嫌われたくないな…て」
「莫迦だね」


いいや、知られちゃっても。


私は祐巳ちゃんを抱きしめた。


「そんな事、ある訳無い。それに呆れてなんかも、いないよ…嬉しいって思ってもね」




ドキドキしている。

こんな風に思ってくれている、こんな風に考えてくれる。

大切な子に、こんな風に云われて、ドキドキしない人間がいる訳がない。


「聖さま…ドキドキしてる…」
「うん…嬉しいから」
「……なんだか、私の心臓も、速い…」


祐巳ちゃんのドキドキが、伝わってきた。
私よりも、少し速い心臓の動き。




「こうしてるから、同じ速さになろうとするのかも…」


祐巳ちゃんが、私を見上げて微笑んだ。







後書き

執筆日:20040807


今日は北海道では七夕なんです。
だから、甘々目指します。

ちょっと、砂吐いてますけどね、ここ最近。

さてさて。
続きはどうなる事やら…

next 「君にしか聞こえない


MARIA'S novel top