月齢14日



仲秋の名月って云ったって、必ず満月とは限らないんだけどね。


何気無い私の言葉に祐巳ちゃんが身を乗り出してきた。

「ええ?そうなんですか?聖さま。私十五夜は必ず満月だってずっと思っていたんですよ?」

へぇ〜、なんて祐巳ちゃんが呟く。

「仲秋の名月って旧暦の8月15日なんだってさ。だから時折一日前後するらしいよ」
「じゃあ、別に満月だからって事じゃないんですか?」
「うん。でもこの時期の月が綺麗だって事は間違いないよね」

私がそういうと、「それはそうですね」と祐巳ちゃんも頷いた。

確か、十五夜は五穀豊穣とか、そういうのを願うとか感謝の気持ちを表すものとかじゃなかっただろうか。

ちょっと記憶が定かではないけれど、でもそんな意味だったかもしれない。
今ではそんな気持ちとか思いは薄れているかもしれないけど。
ただ十五夜の月を見ながら月見だんごを食べる日、みたいな感じだろう。

「でも今年の十五夜は平日なんだもの…」

祐巳ちゃんが少し残念そうというか、つまらなそうに呟いた。

「そうだね。十五夜ってあまり日曜に重なる事って無いかも」
「……」
「ん?どうかした?」

なんだか祐巳ちゃんが急に不機嫌そうに口をつぐんだ。
私の言葉にも何も云わずに視線をずらした。

「祐巳ちゃん?」
「…いいです、もう」

ほんの少し、早歩きになって祐巳ちゃんはバス停を目指した。

「ちょ、祐巳ちゃん?」

一体、どうしたというのか。

私は解らず祐巳ちゃんを追った。



バス停でバスを待っている時も、バスに乗り込んでからも、祐巳ちゃんは話しかけても全く私の方を見なかった。





そうこうしているうちに、バスはM駅に着き。

「…ごきげんよう、聖さま」

そっけなく云うと、さっさと祐巳ちゃんはバスを降りて行こうとする。
それを追い掛けて、私は祐巳ちゃんの手を掴んで引き止めた。

「待ってってば!」
「…なんですか」

そっけない言い方に、何故怒っているのか解らず、いい加減に私も苛立ってくる。

「何怒ってる?」
「怒ってません」
「怒ってるじゃない」
「怒ってませんてば」

ああもう!

キリの無い問答に私は祐巳ちゃんの手を掴んだまま、歩き出した。

「ちょ…聖さま!」

急に手を引かれて祐巳ちゃんが慌てた様な、怒ったような声を上げる。

それにも構わず、私は歩き続けた。









部屋にたどり着いて、ようやく放した手を、祐巳ちゃんが撫でている。

ちら、と見えた手首が赤くなっている。
強く握り過ぎたか、と思わず自己嫌悪に襲われた。
でも今はその自己嫌悪から目を逸らす。


「…何、怒ってる?」
「当たり前じゃないですか!こんな風に手を掴まれてお部屋まで連れてこられて、怒らない訳…」
「違う!」

荒げた声を上げた私に祐巳ちゃんが驚いた様に、怯えた様に言葉を切った。

「バス停までの道で、急に怒ったでしょ?なんで?」

わざと祐巳ちゃんを威圧するように見下ろす。

「何か気に障ったんなら、云って。何も云わずに急に何も云わなくなるなんて事されたら、悪いのが私だって解っていたって面白くない」


本当に怒っている事が解ったのか、祐巳ちゃんが体を小さくしてしまう。
少し、震えているかもしれない。

「だって…私、聖さまとお月見したかったのに…」

ぽつり、と小さく言葉を洩らす祐巳ちゃんに、私は「え?」と耳を傾ける。

「平日だから…遅くまで一緒にいられないから…って…そう思ったのに…聖さまは全然そんなの気にしてなくて…そう思ったのは私だけだったのかなって…」

段々俯いていく祐巳ちゃんに、私はバス停までの道程での話を思い返した。

ああ、そうか…
そういう事か…

『平日』だと云った祐巳ちゃんにただ淡々と日曜は少ないからと私は告げた。

一緒にお月見したい…一緒にいたい、という祐巳ちゃんのメッセージを聞き逃した私に、祐巳ちゃんは怒っていたんだ。
思わず、苦笑が零れた。


「…祐巳ちゃん、一緒にお月見、しようか」
「…え?」
「お月見」

そう云う私に祐巳ちゃんがちょっと怒った顔をする。

「平日なんですから、無理に決まって…」
「月の出、満月時期は早いんだよ?多分6時過ぎには月が顔出すよ」
「…へ?」
「一緒にお月見しても8時や9時には送っていけるし…どう?」
「え…ええ?」

祐巳ちゃんは力が抜けたようにヘタヘタ〜と座り込んでしまった。

「…私…9時や10時にならなきゃお月様が出てこないとばかり…」

私はへたり込んでしまった祐巳ちゃんの前にしゃがみ込んで笑った。


「で、どうする?お月見。明日、来る?」

私の顔を、なんとも情けない顔で見詰めてから、祐巳ちゃんは「はい」と云って笑顔を見せた。






後書き

執筆日:20040930


ああ〜何を今頃…な話です〜
さて、実は続きます…なんか楽しくなってきちゃったので(笑)
次回は「十五夜当日」編。
甘いと思います。



novel top