名前を呼んで
attention

少々性的描写が含まれます。
嫌悪される方は、申し訳ありませんが…



膝の上に、心地良い重み。

流れる時間は、二人だけのモノで。
他に誰も、入る事は出来ない。
許さない。

今だけは。









「…明日、何処に行くんですか?」

明日、と云っても正確にはもう今日だけれど。
気だるそうな祐巳ちゃんが私の顔を覗き込む。
眠そうだったり、それでいて艶っぽかったり。
…こういう時の祐巳ちゃんは、多分誰にも想像も出来ない様な雰囲気だろうと思う。
姉の祥子も、友達の志摩子や由乃ちゃんだって見る事は許されない。

…それは、祐巳ちゃんを抱きしめる事が出来る、私にだけ許されている。

「さっき、聞いて…気になっていたんです…遠くですか?」

相変わらずの丁寧語。
こんな時くらい、もう少し…なんて思う。

「聖さま?」

…この『さま』付けもなんとかならないものか…

「もう…聖さまってば」
「痛っ!」

しびれを切らした祐巳ちゃんが私の首を噛んだ。
…どこでそんな事覚えたの、祐巳ちゃん…
私は吃驚した顔で祐巳ちゃんを見ているに違いない。
…そういえば、この間のお泊りの時にも驚かされた。

「私の話、聞いてないですね?」
「聞いてるって…祐巳ちゃんの姿が悩ましくて悩殺されて…うわっ」
「莫迦!エッチ!相変わらずなんだから!」

あ、敬語が抜けた。

「ほんとにもう…どうしてそうなんだろう…って、ちょっと!」

私は嬉しくなって祐巳ちゃんを抱きしめる。
まだしっとりと汗ばんでいる素肌が触れ合うのが、また気持ちいい。

「もっと」
「へ?」

祐巳ちゃんが怪訝そうに私を見上げた。

「もっと怒ってよ」
「はぁ!?」

何云って…!と怒り出す祐巳ちゃんの背中をゆっくりと撫でる。
その手の動きに、ぴくん、と体が反応した。
まだ燻っているだろう体の中の火を燃え上がらせる事は簡単。
そう、弱い処を攻めればいい。

「あ、ちょ…ちょっと…」
「祐巳ちゃんは、いつになったら敬語やめてくれるのかな」

耳元に唇を寄せて、ゆっくりと云う。
そして耳たぶを甘く噛んだ。

「や……ん」

横を向いて甘噛みする歯から逃げようとする。
でも、そうすれば首筋が露わになる。
私はその首筋に唇を滑らせる。

「……っ」

祐巳ちゃんが、息を飲む。
そんな祐巳ちゃんの首筋から、鎖骨へと滑り降り、そして軽く吸う。
うっすらと、肌に紅い薔薇。
私以外に印す事の許されない刻印。
もしかすると、ギリギリの位置に印してしまったかもしれない。
叱られるかな。
フッと口許に笑みを浮かべ、そのまま唇を滑らせると、柔らかく膨らんだ丘にたどり着く。
その頂上…頂きに舌を這わせた。

「あ…ん…っ!聖…さま…っ」

逃げを打つ体を引き止めながら、繰り返される刺激に切なげな声を上げる祐巳ちゃんを上目遣いに見る。

…誰にも見せてなんかやらない。
誰にも聞かせたりしない。
許されているのは、私だけ。

見るのも、聞くのも、そして触れるのも。


「ねぇ…『聖』って呼んで」
「え……?」
「名前を、呼んで」
「はっ…く……せ…いさ…っ」
「『さま』はいらない。ただ、『聖』って呼ぶの」

潤んだ目を私に向けて、眉を寄せる。

「な…ぜ…?」
「呼んで欲しいから…ダメ…?」

私は、霞み始めている意識を更に霞みの向こうへ誘う為、そして、さっきまで愛していた処へ近付きたくて、そっと祐巳ちゃんの膝に手を掛けて開こうとすると、反対に足を閉じようと祐巳ちゃんが力を込める。


「やん…っ…だめぇ……だめ…だってば…」
「どうして?」

いやいやするように頭を振る祐巳ちゃんに構わず、私は内腿に手を滑らせて行く。

「さっきは、許してくれたでしょ?」
「今は…だめ…」

恥ずかしそうに祐巳ちゃんは云う。
何故そんなに恥ずかしがるんだろう。

「今じゃなかったらいいの?でも私は今がいいんだけど」
「ひゃ…!」

やんわりと、足の付け根に指を触れさせる。
ビクン、と体が揺れる。
まださっきの情事の後の残る、濡れているその部分。
そこに指先が触れると、祐巳ちゃんの頬に更なる朱が走る。
そしてゆっくりと指を肉の間を進ませていく。

「あ…っ!聖…っ」

ゾクリと背筋を走る快楽。
名前を呼ばれる事が、こんなに快感を呼ぶものとは知らなかった。
勿論私を呼び捨てる人間は居る。
でもこんな風に快楽を運んでくる事はない。
…って、日常生活でそんな事になれば大変だろうけど。
でも…もし祐巳ちゃんが私を呼び捨てにしたら……なれるまでは、欲情してしまうのではないだろうか。

切れ切れに切なげな声と呼吸を繰り返す祐巳ちゃんに、私はゆっくりと行為を繰り返す。
早急には、高めない。
ゆっくり、ゆっくり…とその最も高い処を目指す。
祐巳ちゃんの反応も、もう素直なソレに変わっている。
快楽を、隠す事の無い…素の反応。

正直、祐巳ちゃんのそういう部分を私はとても美しいと思う。
普段は本当に可愛くて、傍目にはこういう事とはまだまだ無縁、みたいな感じだけれど。
でも、私の腕の中でだけ、祐巳ちゃんは妖しく変化する。
それが、嬉しい。
もっともっと、そういう部分が隠されているのだろうか。
そうなら、見せて欲しい。

私にだけ。






「聖さまの…ばか…」

バイキング形式の朝食を終えて部屋に戻って、いざ出掛ける仕度を、と動き出した時。
上目遣いに云う祐巳ちゃんに、思わず出掛けるのやめない?、なんて云いたくなってしまう。
それ位、艶やかで、可愛い。
見え隠れする艶に私が悩まされてるなんて知りもしないんだろう。

「ほんとに今日は何処に行くんです?私、絶対長い時間歩いたり出来ない気がします」
「どうして?」
「だってあんなに激しく…って、何云わせるんですかっ」

真っ赤になって怒る祐巳ちゃんに「ごめんごめん」と平謝り。
あのあと、祐巳ちゃんは暫く腰に力が入らなかったらしい。

でも折角の旅行、ホテル内だけではやっぱり勿体無い。

「大丈夫。レンタカー借りてあるから」
「へ?いつの間に?」
「祐巳ちゃんがお寝坊している間に」

誰のせいですかっ!という祐巳ちゃんに「しまった、墓穴を掘ったか」とおどけて見せる。
そんな私に「うーっ」と祐巳ちゃんが唸っている。

可愛いなぁもう。

「まぁまぁ、唸らない唸らない。んじゃ、行こうか」
「へ?あの、だから何処に?」

鍵を手に部屋を出て、エレベーターホールに向かいながら行った。

「山登り」

祐巳ちゃんが、愕然とした顔をして「絶対無理ですっ」と声を上げた。







「まさか素で山登りなんかするわけないじゃん」

20分くらい車を走らせた処で駐車場に車を停めて。
昭和新山が目の前にあった。

青い空に、白い噴煙が映える。

「うわぁ…」
「特別天然記念物なんだって、ここ」

へぇ…と昭和新山を見上げる。

「有珠山にもロープウェイで登れるらしいから、後で行ってみようか」
「はいっ」

祐巳ちゃんの笑顔がやたら眩しく感じるのは、この良い天気のせいなんだろうか。
ほんの少し、照れてしまった私は建物に向かって歩き出す。

「何処に行くんです?」
「ん?ほら、そこの…」
「…『世界のガラス館』…?」


その建物の中に入ると、結構広い。
そしてガラスで出来た花やら動物、花瓶や置物、オルゴールやその他いろいろが陳列されている。
小さなガラス細工から大きな装飾品まで、様々だ。

「うわわ、なんだか綺麗ですけど、恐いですねぇ…」

もし引っ掛かったりして毀したら…なんて事を思わず私も考えてしまうほど。

実演工房などもあって、そこはとても暑そうだ。
気をつけて手に取って見ながら、進んでいく。
すると、祐巳ちゃんがピタリと歩みを止めた。
そこには、ガラスで出来た赤や白や黄色の薔薇がバスケットに入って、まるで花やで見かける切花のバスケットのように置かれていた。

「これ、江利子さまのお土産に如何でしょう」
「へぇ…いいんじゃない?私は折角北海道だし、木彫りの熊なんかにしようかと思っていたけど」
「そ、それはちょっと…」

祐巳ちゃんが複雑そうに笑う。
でも絶対買う。
勿論木彫りの熊。口には鮭を咥えたアレ。

二周くらいして、ガラス館を後にする。
祐巳ちゃんの手には結構な数のお土産品。
由乃ちゃんや志摩子の分、他にも家族の分やら。
それだけ買っても、自分のは買っていないのが祐巳ちゃんらしかった。


「次、何処行きます?」
「あ、ソフトクリームだって。食べようか?」
「わ、夕張メロンのソフトクリームですって」

…名物なんだろうか。
昨日ホテルの売店でも『夕張メロンキャラメル』とか他にもいろいろメロンものがあったけれど。

祐巳ちゃんに夕張メロンソフトクリームを、私は牛乳ソフトクリームとやらを購入。

うん。美味しい。
祐巳ちゃんもご満悦。

「あ、聖さま、ひと口」
「じゃ交換」

そう云いながら交換して、ひと口。
観光客のおばさんたちが、そんな私達を微笑ましくみている。

しかし…甘いよ、これ。

祐巳ちゃん用にちょっと大きめを頼んだソフトクリームは、私が食べ終えてもまだ残っていて。
私は近くのおみやげ屋に木彫りの熊を発見していたから、それを購入しにちょっと離れる事にした。
もちろん、江利子へのおみやげだ。

「直ぐ戻ってくるから、ここ動かないでよ?」
「解ってますよ、もう!」

一生懸命ソフトクリームを食べている祐巳ちゃんに笑いながら、その場を離れた。




祐巳ちゃんが食べ終わるまで待って、一緒に行けば良かった、と私はその後、後悔した。
そうしていれば、こんなささくれ立った気持にならずに済んだかもしれないのに。



…to be continued

執筆日:20050131

もう少し、続きます。


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