(祐巳)





こんな風に、泣きながら目が覚めたのは、初めてじゃない。

あの…梅雨時期の、祥子さまとすれ違ってしまった、あの時。
あの時だって祐巳は夜中に目が覚めたら泣いていて。
こめかみが涙で濡れていて。
ああ、泣いていたんだな…って、思った瞬間、また涙が出てきた。
祥子さまはもう祐巳をいらないんだ。
瞳子ちゃんの方がいいんだ。
そんな風に思って。

でも。
あの時の様に、現実に悲しい事があったんじゃないのに、こんな風に泣きながら目が覚めた事は初めて。

うん、悲しい事なんかない。

だって祐巳は今晩も、聖さまのお部屋にお泊りしている。

初めは、聖さまが祐巳用にお布団を敷いてくれて。
その隣に聖さまもお布団を並べて、お話しながら眠った。

でも、何度かお泊りした頃、祐巳が聖さまと一緒でいい、とお布団を断って。
だって、聖さまのベッドは二人で眠っても大丈夫な位広いから。

それなのに、いちいちお布団敷くなんて、聖さまも大変だと思ったから。


だから今、祐巳の隣には聖さまが綺麗な寝顔ある。

本当に、本当に祐巳はこの人を好き。
この人も、祐巳を好きだって云ってくれる。

まだ聖さまが白薔薇さまの頃は、なんでこんなに祐巳にばっかり構ってくるんだろう…なんて思っていたけど。
でも、今はそのスキンシップが嬉しい。
優しい声で、名前を呼ばれて、抱きしめられると、本当に幸せだなって思う。



でも…
でも、祐巳が見た夢の中の聖さまは、とても優しい声で、祐巳に云った。

「祐巳ちゃんの事は、今でも好きだよ」って。
「本当に好きだよ」って。

「でも…」と、そう云って聖さまは自分の隣に目を向ける。
隣には、髪の長い、白いイメージを持った、清楚な人。


「でも…私は……ごめん、祐巳ちゃん…」



聖さまが、高等部の二年生だった時、出逢ったという人。

出逢って数ヶ月後のクリスマスイヴに、聖さまの側を、聖さまを想って離れて行った人。

知ってた。
聖さまの心に中から、その人が消える事なんて無いって。
その人が現れたら、聖さまはその人の元へ行ってしまうって。

でも…もしかしたら、その人が現れても、祐巳の側にいてくれるんじゃないかって…希望もあった。

…でも、やっぱり、聖さまは…


そこで、目が覚めた。

聖さまの綺麗な寝顔が、見えてホッとした。
ああ、夢だったんだ…って。

でも、そう思った瞬間、祐巳の背中に冷たいものが走る。
ありえない事じゃない、なんて思ってしまったから。


祐巳を好きだって云ってくれる聖さまの言葉を信じていない訳じゃない。
だけど、今も聖さまの心にあの人が居ない訳がないと思うから。


「…っ」

ダメだ。
こんな事、考えちゃダメ。

祐巳がこんな事考えてるなんて、聖さまにとても失礼だと思うから。

祐巳は聖さまを起こさない様にゆっくりと体を起こした。

「…聖さま…」

声にならない位、小さな声で名前を呼んでみる。

たったそれだけの事で、ほんの少し、気持ちが落ち着いてくる。
けれど、涙はまだ溢れてしまう。

「…祐巳ちゃん…?」
「…!」

ゆっくりと、聖さまが目を開いていく。
そして驚いた様な目をした。

「…どうしたの…?何か悲しい夢を見たの?」

起き上がって、祐巳を抱きしめてくれながら、優しい声が聞いてくる。

「嫌な夢は云っちゃうともう見なくなるんだって…どんな夢だったの?」

ポンポンと、背中を軽く叩いてそう云ってくれる。

「…わかんないんです…目が覚めたら、忘れてしまって…でも、悲しくて…」

多分、この手の夢はこれからも何度も見ると思う。
聖さまの事が、好きだから。
だから、云わない。
そして、云えない。

「…そっか…うん、そういう事ってあるね」

そう云うと聖さまは祐巳を抱きしめる腕にちょっと力を込めると、こう云った。


「大丈夫。私は祐巳ちゃんの側にいるから。何処へも、行かないよ」



止まりかけていた涙が、また溢れてきた。




後書き

執筆日:20040702

なんて云うか、これって聖祐巳やってたら避けられない話ですよね…
敢えて書かないでおこうって思っていたんですけど…やっぱり書こうと思い立ち。
でも難しいですね。
人の気持ちってのは目に見えないものですから、言葉だけでは不安。
だからってどうすれば不安じゃなくなるのかって云われても、多分何をしても、されても、不安でしょう。

「好き」って気持ちは幸せと不安が隣り合わせに存在してますから。


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