(聖)





夢は、日常の出来事を効率よく記憶するためや、記憶を整理するために見るものらしいと、聞いたことがある。

そして、願望や、不安も夢に現れる。

特に、不安は…




私のベッドの、私の隣にあどけない顔で眠っている少女を、見詰める。
最初は客用の布団を敷いていたんだけど、その内私のベッドで一緒に眠ると言い出した。

「こんなに聖さまのベッドは広いんですから、ふたりで一緒に眠ったっていいじゃないですか。わざわざお布団敷く事なんてないです」

正直、それは私にとって拷問だったんだけど。
隣に、好きな子が眠っている。
幸せで、辛い。
でも何度か一緒に眠るうちに、なんだか悟りでも開いたような気持ちになってしまった。

それにまだ、そういう関係になるのは早いと思うし。
まだもう少し、このままで。



だけど…どうして、こんな時でも夢を見るんだろ。

隣に、祐巳ちゃんが眠っているのに、祐巳ちゃんが離れていく夢を見る。


理由は痛いほどに解っているんだけどね…


頬に掛かる髪をそっと払いながら苦笑する。

多分、その時が来るのが恐いから。
祐巳ちゃんが私の側からいなくなる事に、私自身が耐えられないだろうから、予習しているようなものかもしれない。

…最悪。
こんな事を考えている自分に吐き気すら覚える。
でも、脳は最悪の事態に備えて、耐性つけるかの様に繰り返し、その夢を私に見せた。

栞は、その耐性すら無い時に私の前から消えたから、尚更なのかもしれない。
あの時の辛さを、痛みを、再度感じない様に脳が動いている。

最悪で、最低なプログラムってヤツかもしれない。

確かに、祐巳ちゃんが私から離れていったら…私は今度こそ、どうにかなってしまうかもしれない。

そう考えるだけでも身震いするほどだ。
そんな風に動く自分自身に嫌悪すら覚えてしまう。

弱くて、ずるい、最低な自分。


でも…
それでもいいと、弱くても、最低でも、それでもいいと、この小さな少女は笑ってくれた。

だから、少しでも…強くなりたい。
そう思うのに…


「…い…さま…」

微かな声に、ハッとする。

さっきまではすやすやと眠っていたのに、今は閉じられたまぶたから涙がこぼれていた。

「行かないで…聖さま…」

今度ははっきり聞こえた。

私?
私の夢…?

…もしかして


「…ん」

閉じられていたまぶたがピクリと動いたのを見て、何故かとっさに寝たフリをしてしまった。

そのまま目を閉じてジッとしていると、ゆっくりと、祐巳ちゃんの体が起き上がるのを感じた。

そして、溜息。


どうしようか…起きようか。

そんな事を考えていると、ベッドが少し軋んだ。

私の方に体重をかけたのかもしれないと、思った時「…聖さま…」と聞こえるか聞こえないかの小さな小さな声が私を呼んだ。

そして、ポツ、と頬に何かが当たった。

涙だ、と解った瞬間、もう黙ってなんていられなかった。

「…祐巳ちゃん…?」

ゆっくりと目を開くと驚いた目をした祐巳ちゃんがそこにいた。

「どうしたの…?何か悲しい夢を見たの?」

その祐巳ちゃんを、ゆっくりと抱きしめる。

「…嫌な夢は云っちゃうともう見なくなるんだって…どんな夢だった?」

自分の口から出た言葉に思わず苦笑する。
云ったからって、見ない訳ないのに。
でも、少しでも祐巳ちゃんを安心させたかった。

でも、そんな事は祐巳ちゃんも知っている。

「忘れてしまった」と、微かに微笑む。

普段は幼い、子狸とか称されていた表情が、大人びたものに見えたのは、多分気のせいじゃない。

心配させまいとしているんだろうと思うと、酷くいとおしい。

「…そう云う事ってあるね」

そう云ってほんの少し、祐巳ちゃんを抱きしめる腕に力を込めた。



今、私が云える事を云おう。
祐巳ちゃんも、私と同じ様に、不安を抱えているんだから。

「大丈夫。私は祐巳ちゃんの側にいるから。何処へも、行かないよ」


だから…
祐巳ちゃんも私の側にいて、離れていかないで。



後書き

執筆日:20040703

「涙」と対になってます。

夢は、とても残酷です。
どうしてそんなに苦しめるのか、と思う様な夢を容赦なく見せ付けてくれます。
そしてそんな夢を見る自分の「弱さ」と「ずるさ」に吐き気すら覚えたり。
けれど、それを戒めにして、生きていける強さが欲しいと思います。

聖さまも、祐巳も、お互いが大事で、失いたくないから…だからこそ、辛い夢を見るのでしょう。
いつか、自分の元からいなくなってしまうんじゃないか、と。
祐巳は栞のことが、聖さまは祥子のことを考えてしまう。

それは、切っても切れない記憶と思いだから。

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