レイニー『…』?
※まずは『万華鏡』からどうぞ
…気付いていないのだろうか…?
自分の事はなかなか解らないものだけど。
「聖さま…何か、ありました?」
「へ?」
勇気を出してやっとの事で問い掛けた。
けれど、その問い掛けは妙にチカラの抜けた返事となって返ってきた。
雨が降ってきたから寄って行かない?と、聖さまに誘われてお部屋にお邪魔して、制服が濡れてしまったからと着替えとお風呂まで借りてしまった。
聖さまは、いつでも祐巳を気遣ってくれる。
秋が深まって雨も風も冷たくなった今、風邪をひかないように、と心配してくれる聖さまに、祐巳は有難いやらくすぐったいやら嬉しいやら。
でも…
今日の聖さまは、何処か空元気というか…妙にはしゃいでいる様に思えてならない。
どうしたんだろう。
どうしたんだろう。
そればかりが脳裏を過ぎる。
それなのに。
「何か…って、何?」
怪訝そうな目を祐巳に向けてくる聖さまに、ちょっとムッとする。
何がって。
ずっと様子が変じゃないですか!
どうして、何も云ってくれないんだろう。
そんなに祐巳は頼りないんだろうか…?
それとも、祐巳に云っても仕方が無い、関係無い事だからなんだろうか…
段々と、気持ちが落ち込んでいく。
俯いて、何度も何度も瞬きを繰り返す。
そうしなければ、直ぐに目が涙でいっぱいになってしまうから。
「…祐巳ちゃんの方こそ、何かあったんじゃないの…?」
そんな祐巳に、聖さまが少し怒ったように云ってきた。
何かあった?
それは祐巳の科白だ。
ずっと聖さまは祐巳をいつも以上に気遣って。
いつも以上に温めようとしてくれているじゃないですか。
…って、あれ?
なんだろう…何かが引っ掛かった。
「…帰り道、ずっと何かを考えている様にしていて、元気なかったでしょ?祐巳ちゃんから話してくれるかと思って、様子見ていたけど、一向に話してくれないし。まさかさっきの心理テストの事を考えていた、なんて云わないでしょうね?」
あれ?
それって…?
祐巳は聖さまの言葉に俯いていた顔を上げた。
「祐巳ちゃんが云い出し易いように…と思っていたけど…」
「あ、の…聖さま?」
ちょっと待って。
それじゃ聖さまは、祐巳の様子が違うから、お部屋に誘ってくれたりしていたって事?
はしゃいでる様な、空元気みたいな、アレも?
「…祐巳ちゃんが何も云えない程、私は頼りにならない?」
聖さまが、目を伏せて呟いた。
ああ、どうしよう。
ホントに、どうしよう。
祐巳は、もうどうしようもなくなってしまって、ソファから立ち上がって聖さまの頭を柔らかく抱きしめた。
それに、聖さまが驚いた様に体を固くした。
…恥ずかしかったけど無性にそうしたかった。
「聖さま…私も同じ事、考えていたんです…聖さまが無理にはしゃいでる様に見えて…どうしたのかなって思ってて」
「同じじゃないでしょ。だって祐巳ちゃん、銀杏並木歩いてる時、ずっと俯いていて、何か考えてるみたいで」
ぐいっと祐巳の体を押し離して、聖さまは顔を見上げてくる。
まるで『こんな事では騙されない』とでも云うかの様。
「それは…銀杏が落ちているからで…それを避けながら歩かなきゃと下を見ていただけです」
「…それ、嘘でしょ」
…嘘です。
今日の山百合会の会議の中で、終業式の後の山百合会のクリスマスパーティーの話がほんの少し出て。
それで祐巳は聖さまのお誕生日の事を考えていた。
だって、聖さまのお誕生日は12月25日だから。
「ホントですってば…」
でもまさか本人にそれを云う訳にはいかないし。
どうしよう…何とかごまかせないものか。
だけど…聖さまの様子がいつもと違ったのは、祐巳のせいだって。
それが解って、祐巳は嬉しくなってしまった。
どうしよう、顔がほころぶ。
「…云うまで、お家に帰さないけど、それでもいいの?」
「え、ちょ…っ!」
手を掴まれて、聖さまの真正面に座らされて。
祐巳は真っ直ぐに見詰めてくる聖さまに困惑する。
さっき、心理テストの話をしていて、聖さまは『万華鏡』と云った。
そして祐巳は、それを聞いて聖さまは外見だけでは解らない、内に何か秘めている人なんだろうな、と思った。
だって、万華鏡は覗かなきゃ、その綺麗な事には気付けない。
万華鏡の外見は、ただ千代紙が貼られた筒だから。
でも小さな穴を覗いてみると、そこはあんな筒の中だなんて事を忘れてしまえる位に広がりを見せて、色とりどりの神秘的な模様を見せてくれる。
しかも、その模様は殆ど同じ物にはならないらしい。
何千、何万、もしかすると何億もの模様をあの筒に隠しているんだから。
だから、聖さまも、同じなんじゃないかって。
一歩踏み込んで覗いてみなきゃ、彫刻の様に彫りの深い綺麗なお顔で、それでいてオヤジな聖さまだけしか解らないって事なんじゃないか…なんて。
祐巳は、聖さまのお顔を見つめる。
綺麗な、お顔。
けれどその表情には、焦りと、苛立ちと…そして不安が見え隠れしている。
…もう、いいや。
どうせ、何をどうするかは、まだ決めてないんだし。
ちょっと位云ったって、いいよね。
だって、聖さまは本当に祐巳を心配してくれて、そして不安になってしまっているんだもの。
「…解りました」
「…え?」
云ってしまう覚悟を決めると、聖さまが急に不安を大きくさせた顔をする。
一体、聖さまは祐巳が何を云いだすと思っているんだろう。
「実は、今日山百合会の会議の中で、恒例のクリスマスパーティーの話題が少し出たんです」
「…」
「私、それを聞いていて、聖さまのお誕生日の前の日だな、って思ったんです」
そこまで云うと、聖さまは目を丸くする。
そんな事を考えていたの?という目。
「……まだ、云わないとダメですか?」
「…ホント?それ」
「信じられませんか」
もし信じてもらえないなら、祐巳は聖さまを押し退けてでも、手を振り払ってでも帰る。
雨の中、濡れたって、その結果風邪を引いたっていい。
聖さまに信じてもらえない様な、祐巳なんか…イラナイから。
「…聖さま?」
黙って祐巳を見ていた聖さまが、ゆっくりと首を横に振った。
「…ごめん」
「…信じ…られませんか」
聖さまが、祐巳の指を、口元に引いた。
そして、指に接吻する。
「信じるよ…だから、ごめん。云わせちゃって、ごめん」
胸に、抱きしめられて、ちょっと苦しくて…祐巳はもぞもぞと動く。
でもまだ腕を解いてくれそうにない。
「ね…聖さま…」
「もうちょっと…だけ」
うーん、困った。
取り敢えず、云っちゃったからこそ、リサーチも出来るって事に気付いた祐巳は抱きしめられたままで聖さまの名を呼ぶ。
「聖さま…」
返事は返らない。
でもそのまま続けていく。
「何か、気になってるものとか、欲しいものとか、ありますか?」
「…祐巳ちゃん」
「は?」
「だから、祐巳ちゃんだってば」
…聖さまの中では、祐巳はまだ聖さまのものじゃないんだな…なんて思ったしまった。
ちょっと、もどかしいと云うか切ないと云うか。
「…祐巳は、聖さまのものですから、却下です」
そう云うと、聖さまが驚いた様に祐巳を見る。
何故そんなに愕くのだろう…ちょっと心外。
「祐巳、ちゃん」
「とにかく却下と云ったら却下。他にして下さい」
「…それじゃ、万華鏡」
「え?」
「心理テストの答えは雑貨屋で見掛けて気になってたから。だって、万華鏡って祐巳ちゃんみたいでしょう?」
なんだか、ちょっと意味が解らない。
どういう事なんだろう。
「くるくる百面相。見てて飽きない処なんてそっくり」
だから万華鏡…?
それなら聖さまだって、全くつかめない予測の出来ない処や言動が万華鏡みたいじゃないですか…
祐巳は溜息をついて、「どちらにしても、私なんですか…?」と呟いた。
後書き
執筆日:20041023
すいません…
なんか、勝手にやってなさいアンタら、って感じで。
こーんな些細な事だったんですよ。とほほ。