さよならのためのキス
-聖-
(前)



そっと残していった、その小さな存在に気付いて下さいね

そして、それを見たら、微笑んで下さい







考えたくは無い。
けれど考えずにはいられない。

もう少しで、手離さなければならない、なんて。

叶わぬ願いだけど。
いつまでも、この腕に抱いていられたら…






祐巳ちゃんの提案でお昼少し前に部屋を出た。
それを、祐巳ちゃんが望んだから。

多分…ここから『帰る』のが嫌なんじゃないか、なんて事を考えた。



「祐巳ちゃん、何処に行きたい?」

ブランチにパスタを食べて。
…さて。
これからどうしよう。
祐巳ちゃんもとっさに聞かれて困っている

天気は最高にいい。
昨夜の雨が嘘のよう。

しかし…連休最終日がこんなに天気が良いとは。

私は皮肉っぽく笑った。
そりゃあ…昨夜みたいな雨なんて嫌だけど。

でも、正直…今の気分だと雷雨でもいい。


大雨でも降って道路が不通にでもなってしまえばいい。

いっそのこと、孤立してしまっても構わない。

…なんてね。



「…海」
「え?」

祐巳ちゃんの呟きに暗い思考のスイッチをoffにする。


まさか、祐巳ちゃんにはこんな事を考えているなんて知られる訳にはいかない。
また、不安定にさせてしまう。


「海…人が多いでしょうか」

おや。
海とはまた。

「海…そうだね、海開きしちゃったし…」
「…そっか…そうですよね」

ふむ?
誰もいない海、ってヤツですかね…

正直、そういうのは無いに等しい。
遊泳禁止区域だろうとなんだろうと入り込む輩はいる。

そして荒らすだけ荒らして、立ち去る。

埒があかない。

救い様もない。


でもまぁ、管理がしっかりしている観賞用の砂浜ってのも存在したりする。

常に侵入に目を光らせていて、何かしようものなら飛んでくる。
運が悪ければ罰金モノ、という処が。

…そういう所になら、人間はあまり近寄らない。

「…よし。ちょっと走るけど、行こっか」
「へ?何処へ?」

おいおい…君が言い出した事なんだけど…?

「君は今自分で何処に行きたいって云ったか、もう忘れたのかね…海だよ、海」
「ああ、海…って、ええ!?」

祐巳ちゃんが目を白黒させている。
という事は、思わず口から出た言葉ってやつか。

「誰もいない海。ロマンティックじゃない」

なんてね。
私も云う云う。

「あ、その前にちょっと寄りたい処があるんだけど、いいかな」

祐巳ちゃんは本気で驚いているのか、半信半疑な表情で頷いた。
まぁ確かに、ニュースに取り上げられるのは混みあっている海だし。

にわかには、信じられないだろうけれど。




海へと向う前に、一仕事終えなくてはと、とあるビルの立体駐車場に車を入れる。
管理人にキーを預け、祐巳ちゃんをビルの中のファンシーショップへと連れていく。

多分ここなら、退屈しないでいてくれる筈。


「ちょっと行ってくる」


それだけを告げて、私は直ぐ傍にある、とある会社のドアの中に入っていく。


そこで、ちょっと大判の封筒を受取って、中身を確認。

…これは、一世一代の大芝居を打つ為に、必要なもの。
大袈裟な…と思われるかもしれないけれど、何事も初めが肝心。

ええ、私は女優にでもなれるくらいの演技力、発揮しますよ?


そうしなければ、何も出来ないのかもしれない。
結局、何かに頼らなければいけない程、私も恐いんだろう。

私は、その封筒を脇に抱えると、もうひとつのドアを目指した。





ふたつの用を終えて、祐巳ちゃんを置いてきたファンシーショップへと戻ると、思った通りにその場に馴染んでいる祐巳ちゃんがいた。

…正直、ホッとする。

手にしたぬいぐるみを握ったり、つついたり。
そんな様子が可愛くて、少し離れた処から眺める。

無邪気な仕草が、愛しい。

何故だか、泣きたくなってくる。

そんな自分に…困ったな……そう呟く。

こんな気持ちじゃ、帰せない。
…否、帰したくない。

どれだけ自分に言い聞かしても、何をしても…この気持ちは変わってはくれない。


それでも…私は、そうしなくてはいけないんだから。



私は、軽く、床を踏み鳴らした。

すると祐巳ちゃんが振り返る。

「祐巳ちゃん、馴染んでる」

…私は、きちんと笑えているのだろうか。

「聖さまっ」

祐巳ちゃんが私を見て「見られてた!?」という顔をしている。

…大丈夫、みたいだ。

「可愛いでしょ?祐巳ちゃんが好きそうだなぁと思ってたけど…こんなに馴染むとは」
「ほっといて下さいッ…って、聖さま?」

祐巳ちゃんの背後のキーホルダーに手を伸ばした私に、祐巳ちゃんが呆れた様な顔をする。

「何よ、自分だって!」みたいな顔。

「ん?ああ…小さくて可愛いなぁと思って」

だって、目についちゃったんだもの。

狸ではないけれど、アライグマが。
それを、手のひらの中にそっと隠し持って、物色しているフリをする。

「祐巳ちゃんはどれが好み?部屋の鍵につけようかなと」
「へ?聖さまの部屋の鍵に、ですか?聖さまならもっとカッコいいのとか似合いそうなのに…」

カッコいい…
よく祐巳ちゃんはソレを云う。

一体私をどういう目で見ているのやら。

私はカッコよくなんかないのにね…

こんなにも、私は閉鎖的。


「これ…なんてどうです?」
「…狼って…」

思わず私は吹き出しそうになってしまう。
そして、ついつい志摩子を思い出した。

今はもう、群れに入る事が出来た、妹を。

「祐巳ちゃん、そんなに私に襲ってほしい?」

「はぁ!?何云ってんですか!」と云いながら、百面相。
ホントに可愛くてたまらない。

「顔色は正直よん?真っ赤」

祐巳ちゃんの手から狼をひょいと取り上げて、私はレジに向う。
手には、狼とアライグマ。

思わず、フッと微笑んでしまうコンビだ。



「あ、袋はいらないんで、タグを取って貰えますか?すぐ使いますから」

ポケットの中で、ソレが出番を待っている。



店を出て、駐車場で駐車券と引き換えにキーを受取り車に乗り込むと、祐巳ちゃんが私の持っている封筒を気にしているのに気付いた。

まぁそれは当然だろう。

けれど、まだ内緒。
手の内は、味方にだって明かしてはいけない。

「内緒」
「へ?」
「封筒の中身。気になってるでしょ。百面相さん」
「う…」

そう云うと、更に百面相。
今は「どうして顔に出ちゃうんだろう」なんて考えている顔だ。


こういう処は出逢った頃から変わらない。

私はクスクスと笑いながら車を走らせる。


いざ、観賞用の砂浜へ。





…To be continued


中書き

執筆日:20040821-20040824


半分まで来ました…な、長くなってます…(汗)


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