傍にいたい
(聖)




いつの間にか、眠っていたらしい








暑さで目が覚めた。

まだ早朝だってのに、どうしてこんなに暑いのか。
額には玉の様な汗。

私はグーッと腕を上へ伸ばしてカラダの筋肉を伸ばしほぐす。

エアコンが止まっている。
窓が開いていて、そこからは微かな風。
でもこの室内の暑さにその風は殆ど焼け石に水状態。

…窓開けたままで寝てたのか…無用心な。

いくら一階では無いにしても、今のこの時代、どんな事をしても登って侵入する輩もいるというのに。
今のセキュリティシステム位過信してはいけないものは無い。

いや、待てよ?
祐巳ちゃんが開けたのかもしれないな。



汗が気持ち悪くて、私はバスルームへ向う。
けれど、その途中で気が付いた。


…あれ?

見えていいはずの影が、まったく見えない


祐巳ちゃんは、何処?


リビングにはいない。
っていうか、この部屋に自分以外の人の気配が一切無い。


まさか…帰った?


でも時計を確認すると、駅までのバスはまだ出てる時間じゃない。


「祐巳ちゃん?」

思わず、名前を口にしてみる。



…やはり、返事は無い。




三連休で、二泊。

その予定で来てる祐巳ちゃん。

なのに、姿が見えない。

昨夜は、いつもと同じ様に同じベッドで眠ったのに。
…この腕に抱いたのに。


「祐巳ちゃん!」


何故か、急に少し開いていた寝室の窓が気になった。
窓の外はベランダになっている。
もしかすると…


「祐巳ちゃん、ここにいるの?」


窓を開くと…


「祐巳…」

パジャマ姿の祐巳ちゃんがそこにいた。


「やっぱりいた…」


ホッと、安堵の溜息をついて、けれど直ぐに言葉を失う。


「…祐巳ちゃん?」

どうしたの、という言葉が、何故か出てこなかった。

祐巳ちゃんは、背を向けたままこちらを向かない。

何も、云わない。


「祐巳ちゃん」


なんだろう、嫌な予感。


「祐巳ちゃん!」


手を伸ばして、その腕を掴んで此方に向けようとした。


その瞬間、祐巳ちゃんが、消えた。







…いつの間にか、眠っていたらしい。






ハッと気が付くと、そこは見慣れた部屋。


「…なんだ、夢か…」


嫌な夢だ。

額に汗でべったりと髪が張り付いている。


「…祐巳ちゃん…」


名前を呼ぶ。

まずはその姿を確認したい。

「祐巳ちゃん」


…返事が、無い。


窓から、さわさわと風が入ってきている。


思わず、ドキンと心臓が跳ねた。


まさか。


私はベッドから降りて、窓へ向う。


「祐巳、ちゃん」


ベランダには…いない…



ほんの少しの安堵。
そして、不安。


「祐巳ちゃん…どこ?」


祐巳ちゃんが、いない。

いない。



いない…



……いない…



体中の力が抜ける様な、感じがした。


よく見ると、お泊り道具を入れたバッグも無い。


夢、だったんだろうか…

全て。

そんな莫迦な。

だって、三連休で、二泊…

そして昨夜…












「聖さま!」

突然聞こえてきた声。

「聖さま!」

目を開くと、祐巳ちゃんの顔。

「あ、起きた……大丈夫ですか?」
「祐巳、ちゃん…?」

なんだか、訳がわからない。

「聖さま、お昼食べた後で、いつの間にか眠っちゃってたんですよ」

…へ?

いや、眠っていたのは解る…けど…

「…嫌な夢、見てたみたいで…うなされてましたから、起こしたんですけど…」

嫌な夢。

ホントに、嫌な夢だった。

しかも、覚めたと思わされていたら、まだ夢の中。
最悪な、夢。

祐巳ちゃんが、いない。

それがこんなに…


まさか、まだ夢の中…って事は、無い…よ、ね?

…これが夢じゃない、現実だっていう、自信が持てない。

私は祐巳ちゃんの頬に触れた。
エアコンのせいで、ひんやりした頬。

「…?聖さま…?」

頬に当てた手に重ねてくる祐巳ちゃんの、手の感触。


夢の中のように、消えたりしない。



力が抜けたように、祐巳ちゃんの肩に額を乗せた。


「…本物、だ…」

これほどの安堵感を、私は味わった事があっただろうか?

…そして…私はこんなに弱かっただろうか…?

夢に恐怖した事があっただろうか?

これほどまでに、夢が現実にならないで欲しいと願った事はあっただろうか?


「…聖さま…そんなに、嫌な夢だったんですか…?大丈夫です、私がいますから…って、私じゃ頼りないですね」

そう云う祐巳ちゃんの笑顔が、どれほど心強いか。
どれほど安堵するか。

「…傍に、いて」
「…え?」
「ううん、祐巳ちゃんの、傍にいたい」
「…聖さま?」
「祐巳ちゃんと、一緒にいたい…」

まるで駄々っ子みたいだと思いながら、祐巳ちゃんの手を取った。

「…はい、一緒に、いましょう。そして傍にいて下さい。私も、聖さまの傍にいたいですから」


…そういう、祐巳ちゃんの声が、震えた。


「…祐巳ちゃん?」


顔を肩から上げると、祐巳ちゃんの目に涙が浮かんでいるのに気付いた。


「…聖、さま…」
「どうしたの?」
「聖さまぁ…」

涙が、頬を伝っていく。

「祐巳ちゃん」

引き寄せて、胸に抱く。

さっき祐巳ちゃんに貰った安堵感を、少しでも返したい。

そういえば、ずっと不安定だったという事を思い出す。

「…朝から、ずっとだね…不安定。もうそろそろ、話してくれる?」
「……」

キュッ、っと私のシャツを握る手を、ポンポンと撫でるように叩く。

「話してくれなきゃ、解らないよ」
「…云いました…」
「え?」
「聖さまが、好き過ぎるから…って」
「…うん…それは聞いた。でも、まだあるんでしょ?」

そう、まだ、何か云ってくれていない事があるはず。

何か。


「…だって…こんな事云ったら、聖さま困らせるだけだもの」
「そんな事聞いたらもう困っちゃうよ。何があるんだろうって。だから、云っていいよ。ううん、聞かせて」


そう云うと、祐巳ちゃんはポツリと、本当にポツリと、落とす様に呟いた。



「…帰りたく、ない…」









後書き


執筆日:20040801

8月最初のSSです。

暑いです。
ちょっとこの暑さ、ムカつきます。

聖さまが目覚めた時の事は、まんま私です。
汗が!
ムカつくーっ


なんだ、この二人出掛けてないじゃん。
出掛けなよ、若者。
でも外暑いしね…
って事で二人でまったり過ごして戴いてました。

いやホント、外暑いし。


さて。
祐巳ちゃん云っちゃいました。
どうする聖さま。

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