届く声
(聖祐巳)

先ずは「傍にいたい」をドウゾ



帰りたくない

でも、帰らなくちゃいけない

…でも、帰りたくない…


…帰りたくないんです…聖さま…

聖さまを、ひとりにしたくないんです…








「祐巳ちゃん…」

聖さまが祐巳の顔を、見詰めている。
その表情を、説明できる言葉を祐巳は持ち合わせてはいない。

物凄く、微妙な表情。

聖さまは、今日の祐巳を『不安定』だって云った。

でも。
祐巳に云わせれば、聖さまも十分に不安定だ。

だから…こんな事云っちゃいけないって、解っていたのに。
だって、こんな事云われたら、尚更聖さまは不安定になってしまうだろうから。

「大丈夫ですよ、聖さま」
「え?」
「ちょっと私、不安定になっちゃってますから…だからなんですよ、きっと」
「…祐巳ちゃん?」
「明日はちゃんと帰りますから、心配いりませんからね?」
「祐巳ちゃん!」

聖さまが、怒った顔で祐巳の名を呼んだ。

「は、はい?」

驚いて、思わず背筋が伸びた。

あのね…、と聖さまは髪をかき上げながら溜息混じりに呟く。

「…別に私は祐巳ちゃんが『帰りたくない』って云ったからって怒ったりしないし、何かそれに対して云ったりもしないから…そんなに頑張らなくていいから」

祐巳を抱きしめ直すと、ポンポン、と背中を叩いた。

「帰りたくない、って云ってくれて…有難うね」





…違う。


こんな言葉が聞きたい訳じゃない。

何故だろう、祐巳はそんな風に思ってしまった。


『有難う』なんて。

そんなのは、何か違う。



「祐巳ちゃん?」


なんだか、凄く…ショックだ。


「…云わなければ、よかった」

やっぱり。
云わなければよかった。

その方が、きっと。


「…じゃあ祐巳ちゃんは、私に帰るなって、云って欲しい訳?」


聖さまの声に、棘が混じっている。

痛い。

「そんな事、云える訳ないじゃない。それなのに、祐巳ちゃんは私にそれを云わせたい?」

痛い。

「…そんな無責任、云える訳無いじゃない…」

…棘が、刺さり込む。

云わなければよかった。

そうすれば、聖さまにこんな事、云わせなくても済んだのに。



…泣かせてしまう事も、無かったのに。





「…もう、あんな事は…二度と嫌…」





あ。
聖さまの心が。

ダメ…

ダメだってば…っ!


「聖さま…っ!」



聖さまの頬を両手で挟んで。
そして祐巳と真っ直ぐに視線を合うようにする。



「嫌です、聖さま!」


こっちを見て…!


「私を見て…っ!」






栞さんを、見ないで。








解ってる。
そんな事を考えるのは、傲慢だって事。

過去は、変えられないから。

過去は、消えないから。


でも。
今は思い出さないで欲しい。







祐巳だけを、見て。









噛み付くように重ねた唇に、聖さまが目を見開いた。




「…っ…ゆ、み…ちゃん…っ」


急な口付けに、息がうまく出来なかった聖さまの息が上がっている。


「…帰りたくないです…聖さまをひとりにしたくないんです…」
「祐巳、ちゃん」
「勿論、私も離れたくないけど、聖さまをひとりにもしたくないんです」



聖さまを、離したくない。


いつでも傍にいたい。


「私だって…祐巳ちゃんと離れたくなんか、ないよ…でもね」
「今は云わないで下さい…!」

解ってるんだから。
痛いくらいに解ってる。

帰らない訳にはいかない。


色んな事が、祐巳と聖さまにはまだまだ絡まっているから。



そして聖さまが、それを恐がっている事も…解ってるから。



それでも、云いたい。



「帰りたくない…!聖さまと、いたい…!」












…どの位そうしていたんだろう?



ただ、ソファに座って、二人で身を寄せ合っていた。

それしか、出来なかったから。



…ううん、もっと『一緒にいる』事が出来る事を、祐巳は知ってる。

昨夜、初めてそう出来る事を知ったけど…今の気持ちは違った。

ただ、聖さまと寄り添っていたい。

…聖さまはどうかは…解らないけど。


窓の外から差し込む、赤い太陽の光が眩しい。





「祐巳ちゃん…これっきりにするから…云ってもいいかな」
「はい…?」

聖さまが戸惑いに揺れる瞳で祐巳を見てる。

「これから、何度も私の中では繰り返すかもしれないけど…口に出すのは、きっとこれっきりにするから」
「…そんな…」
「…だって、キリが無い、でしょ?」

苦笑する聖さまに、祐巳はブンブンと頭を振った。

「いいんです。何度でも云ったって。だって、そう思うんですから。だから、何度でも云って…下さい。私も、云います。だって…口にして、云ってあげなきゃ…届けなきゃ、そう思った『気持ち』は何処へも行けなくなってしまう…」








「…帰したくない」
「私も、帰りたくないです…」





祐巳から、ゆっくりと、口付けた。
聖さまの、優しい唇に。

そのまだまだぎこちない祐巳の口付けを受けながら、聖さまは祐巳の肩を強く抱いた。




…声が、届いた気がした。







後書き

執筆日:20040803


解ってるんだけど…ってのが、多いでしょうね。

でも、それでも云わなきゃいけない言葉ってあると思います。

何度でも、何度も口にしなくてはいけない言葉ってのが。
なかなか云えないし、云わないかもですが。


あと。
過去は消えないのがツライですね…


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