確かなこと
(聖)

50のお題「香水」をまずお読み下さい




深夜。
まだまだ、朝日が昇る時間じゃない。

腕の中には、祐巳ちゃん。

「…う、ん…」

小さく、呻いて私にカラダを寄せてきた。
これは、ただ温もりが欲しいからなのか、それとも私を信頼してくれているからなのか、解らない。

勿論、後者だと思っているけれど。



私を求めて、その腕を伸ばしてきた…先程の祐巳ちゃん。

その甘美な誘いは、まだ残っていた私の理性を全て飛ばしてしまうのに、そう時間は掛からなかった。

初めてなのに、少し…無理をさせてしまったかも…なんて考えながら、その小さな肩を抱く。
でも私自身も同様に初めてだったから、自分を抑えられなかった。

好きな子を前にして…その好きな子と初めてカラダも心も全てさらけ出して抱き合おうというその時に、自分を抑えられる人間なんて、存在するんだろうか?

私には、無理だ。


ちょっと、クーラーで冷えてしまっている肩。

本当なら、パジャマを着られたら良かったのかもしれないけれど…
でも、もしパジャマを着たとしても…きっとまた脱がせてしまっただろうから。

私は先程の全く余裕のない自分に苦笑した。
そして祐巳ちゃんを暖めるように、抱きしめて目を閉じる。

朝、祐巳ちゃんの笑顔が見られますように、と思いながら。





「…ん…?」

腕の中で、祐巳ちゃんが動いているのに気付いて目が覚めた。
ゆっくり目を開くと、慌てて目を閉じる祐巳ちゃんを見えた。

「…何時…?」

そう云いながら携帯に手を伸ばす。
祐巳ちゃんは相変わらず目を閉じている。
一体どうしたのやら…

携帯の画面はam6:05を表示している。

日曜だし、明日は代休で三連休。
一日くらい、ダラダラと過ごしてもバチは当たるまい。

…祐巳ちゃんと一緒なら、明日もダラダラしてもいいんだけど。

携帯を元の場所に戻して、腕の中の祐巳ちゃんを見る。

…まだ寝た振りしてるよ…

なんだか可愛くて、苦笑しながら前髪を掻きあげる。
解らないでもない。
照れくさい、というか…
何しろ、昨夜は初めて人に肌を…無防備な姿を晒したんだから。

私の唇や、手…そして指の動きに反応する祐巳ちゃん。

脳裏に過ぎった記憶に思わず、動きを速くする心臓を落ちつかせる為に軽く息を吐き出す。
そして、頬に掛かった髪をスッと払って、そのまま頬に指を滑らせた。

…あんな姿は、誰にも見せたくない。
私以外…誰にも。


「…祐巳ちゃん」

耳元で名を呼んでみる。
すると、ふわ…っ頬に赤みが差した。
それでも、まだ寝た振りを決め込んでいる祐巳ちゃんに、私は頬からゆっくりと首筋、鎖骨へと指を滑らせた。

あ、ちょっとマズイ、かも。

思わず、もう片方の手を、腰へと滑らせてしまう。
祐巳ちゃんの、滑らかな肌の感触に、イケナイ気分になってしまいそうになっている。
祐巳ちゃんは、一向に目を開かない。

襲っちゃうよ?

でもグッとそれを我慢して頬を摘んだ。

「こーの狸寝入りがぁ!」
「うぎゅ!」

なんつー声を出すかな…って頬摘まれてりゃ当然か。

「何やってんのかなー祐巳ちゃんはー」
「せ、聖さま!気付いていたんですかっ」

密着したまま、私を見上げてくる。
うわ、もう少しでくっつきそうな距離だよ。

「そりゃ百面相してるの見りゃ誰だって気付くって」
「うう…」

気付かれていないと思っていたか。
知らぬは本人ばかりなり、の典型だ。

「おっと、挨拶してないじゃない…おはよう、祐巳ちゃん」
「え、あ、おはよう御座います、聖さま」

ごきげんよう、ではなく、おはよう。
せめてこういう時くらい、普通の挨拶をしたくて始めた挨拶。
そして、軽いキス。
もうお泊りの定番。

なのに、祐巳ちゃんは頬を染めた。

やっぱり、昨夜の事、かな?
何度も云うけれど、初めてだし。

でも…祐巳ちゃんは私と目を合わせない。
微妙に視線がずれている。

なんだか…いつも真っ直ぐ見てくれる祐巳ちゃんにそうされるのは、ツライ。

「祐巳ちゃんは、どうして私を見てくれないのかな?」
「…恥ずかしいんです…」

そう云って、ギュッと目を瞑る。

そんなのは解らないでもない。
けれど…
ちょっと寂しい。

祐巳ちゃんの体に腕を回す。
拒絶はない。
少し、ホッとする。

そしてまだ閉じられている目に構わず、唇を重ねた。


「…ん」

深く唇を重ねて、逃げる舌を追い掛けて、絡め取ると、祐巳ちゃんから甘い声が洩れた。

それをいい事に、角度を変えて口付ける。

「せ…い…」

唇を重ねる瞬間、祐巳ちゃんが呟いた。

私の、名。

初めて、敬称が付いていなくて妙にドキドキする。

リリアンでは、先輩には『さま』をつけるのが慣わし。
だから、高等部を卒業にて『白薔薇さま』が外れてから、ずっと祐巳ちゃんは私を『聖さま』と呼んでいる。

それが、初めてただの『聖』と呼んでくれた。

今はこの口付けに翻弄されているからかもしれない。
でも…
こうやっている時だけでも…呼んでほしい。

提案してみようか。

今度…肌を合わせる時に。
『聖』と呼んで、と。

意識が飛んでいる時なら、すんなりと呼んでくれるかもしれない。



その時、カクン、と祐巳ちゃんの力が抜けた。

「うわ…!」

やばっ!


「祐巳ちゃん!ちょっと祐巳ちゃん…てば!」

ダメだ、完全に落ちてしまっている…

「祐巳ちゃん!」
「は、はいっ!」


ハッとした様に返事をする祐巳ちゃんの目の焦点がカチリと合った。


「ごめん、ちょっと…やりすぎた。酸欠になってたのかな…大丈夫?」

そう云う私に、祐巳ちゃんは先程と違ってしっかりと私を見る。
目を逸らす事なく、真っ直ぐに。

怒っているんだろうか…
いや、怒っている顔じゃない。

ちょっとドギマギする。

「祐巳ちゃん…?」

もう一度名を呼ぶと、真っ直ぐに私を見ながら、呟いた。

「聖さま…好き」
「へ?」

思わず、間の抜けた声を発してしまった。
これじゃ、祐巳ちゃんのことは云えない。

「好きです、聖さま」

祐巳ちゃんは再度そう云うと、私の肩に頬を預けてきた。

にっこり、という言葉が本当に似合う、そんな表情。
思わず、私も嬉しくなってきて、その体を抱きしめた。

すると、祐巳ちゃんはクスッと笑った。

「祐巳ちゃん…?」
「聖さま、お約束かもですけど、夜明けのコーヒーとか、飲んでみたいんですけど、私」

お約束。
確かにお約束かもしれない。

でも、そういうのも悪くは無い。
しかし、照れくさいのはどうしようもなかった。

「じゃあ、聖さま特製スペシャルブレンドを淹れようか」

床に落としたままのパジャマを手探りで探し出して上着だけを羽織る。

そして祐巳ちゃんに軽く口付けて、ベッドから降りた。


「飛び切り美味しいのを淹れよう…初めての、記念に…ね?」




後書き

執筆日:20040725


聖さまverはこんな感じです。
朝っぱらから聖さまったらもう大変。

なんだか、途中から妙に楽しくなってしまって…結構祐巳verとは窺い知れない裏側に…

っていう訳で対になってますので、宜しければどちらもお読み下さると嬉しいです。

どちらも感想とか戴けたら嬉しいなぁ…なんて。

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