笑って
-祐巳-





遠い目をしている

こんなに近くで顔を見ているのに

どこか、遠い所から、こちらを見ている様な気がするのは何故







「…笑って?」
「…笑えないよ」
「どうして?」
「…だって」

いつもとは逆。
聖さまを見下ろして、聖さまが祐巳に云う事みたいな事を、祐巳が云う。

聖さまの髪をかき上げる様に撫でて。









…雷の音が、祐巳を落ち着かなくさせていた。
どうしても、恐い。

昔、TVで『雷に打たれて人が死亡』っていうニュースを見た時からかもしれない。

人は、空に光っているあんなモノで、簡単に死んでしまう。
それが恐ろしかった。

そして祐巳の周りにいる人でも同じで。

いつあの雷が祐巳の周りの人を襲うか…そう思うと、恐くて。
大好きな人がいなくなってしまうかもしれない、それが恐くて。

永遠に一緒になんていられないって解ってる。
大好きなお祖父ちゃんが亡くなった時にそれを知ったから。



でも、それでも、大好きな人を急に奪ってしまうかもしれない雷が、恐ろしい。


「大丈夫…私がいるから」

聖さまが、そう云いながら祐巳を抱きしめる腕に力を込めてくれる。


聖さまが、いてくれる。
祐巳を抱きしめてくれている。
今は。

でも…

でも、いつまでも一緒になんて、いられない。


現に、祐巳は明日、聖さまをひとりにしなくちゃいけなくなる。
聖さまが、祐巳を帰してしまう。

聖さまは、いつでも祐巳の事を考えているから。

これからも、祐巳が動ける様に。
…もし何かが起これば、ただの先輩後輩としてでも、会う事が難しくなると思っている。


多分、聖さまは、『人』を信じていないから。

…栞さんとの事が、信じ切れない原因のひとつなんだろうけれど。





近付いてくる雷が恐かった。
祐巳を守ろうとする、聖さまが恐かった。

見えない『何か』から、自分を盾にしてでも祐巳を守ろうとしている、聖さまが恐い。




「恐い…っ」
「祐巳ちゃん、私を見て」
「聖さま…っ」
「大丈夫、傍にいるから」

私を見てという聖さまは、祐巳を見てますか?
傍にいるって云いながら、未だに一歩引いてるのは、誰ですか?

雷の恐さと、聖さまの恐さに、祐巳は訳が解らなくなってしまう。


「うそ…っ」


そう云った祐巳を、聖さまは泣きそうな目で見る。


…祐巳のたった一言にも、こんなに不安定になる、この人。
可哀想になる。

どうしてこんなに、この人は弱くて、綺麗なんだろう。


「祐巳…」


すがる様に、祐巳を抱きしめてくる腕。

「聖さま…っ」
「離さないから…もう手離せないから」


そう云いながら、きっとこの人は笑って祐巳を見送るんだ。



そう思うと、どうにもならない気持ちでいっぱいになる。
祐巳を抱こうとする聖さまに、祐巳は精一杯に抵抗した。

「いや…!」

嫌だった。

暗い瞳の聖さま。

見て、と云いながら、祐巳を見ていない。

離さない、と云いながら、きっと笑って手を振るに違いない。

そんなの、耐えられない。


「い、や…!」
「祐巳…!」

重なってくる唇。
思わず、噛み切ってやりたくなる。

「逃げないで」

逃げてるのは、どっち?

「私を見て」

見てないのは、どっち?

「…好き」

…祐巳だって…聖さまが好き…


だから、平気そうに祐巳を見送るだろう聖さまを見たくない。

何かに言い訳しているの聖さまが嫌。

それに囚われて祐巳を見てない聖さまが嫌。


…こんな風に、荒く扱ってる風でいながら、優しい手が、悲しい。

好き

祐巳の事を好きだと云いながら、逃げている聖さまが。

祐巳に自分を見てくれと云いながら、目を逸らしている聖さまが。

祐巳を思って、何かに囚われている聖さまが。


…一度は、帰したくないって云ってくれた。

聖さまの気持ちに触れられた気がした。

でもそれからは『仕方が無い事』と、無理矢理笑っているようで。

別に四六時中祐巳を帰したくないと、離れたくないと云っていてくれなんて思ってない。

でも…

それじゃ寂しいと思うのは、我侭なんだろうか…?



…ぽと

ぽとぽと…と雫が頬に当たる。

抵抗し続けて、疲れた腕が思わず動きを止めた。


…泣いてる。


重なってくる唇が少し涙の味。


ツライなら、止めてほしい。

何故泣きながら祐巳を抱くのだろう。
そんなにしてまで、祐巳を抱かないで。


「もう…っ…やめて…っ」
「やめない」
「やだ……っ」
「祐巳…っ」
「泣か…ないで…っ」


ぴた、と聖さまの動きが止まった。


「仕方ないじゃない…!祐巳が好きなんだから…!」

本気の、声。

聖さまが祐巳を追い立てる。


それから後の、記憶は曖昧だった。











「…泣いてる、の?」

気を失っていたのか、目が覚めると、聖さまは祐巳に背を向けて、肩を震わせてい
た。


「泣かないで…」

背中を抱きしめる。
すっかり冷えてしまっている、その体。

「ひとりに、しないで…ひとりに、ならないで…私を、見て…」



今祐巳が云えるのは、それが精一杯…








後書き

執筆日:20040810


笑って祐巳ver。
でもなんだかねーって感じ。


『笑って』聖ver

next『手を伸ばす』

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