香水・聖さま頑張れver.
性描写を含みますので、ご注意を
目が覚めたら、大切な子が隣に眠っているという、幸せ。
しかも今回は、昼も夜も一緒にいられて、そしてまた朝を迎えられる。
初めての二泊。
まずは最初の夜。
さぁ何をしようか?
夜通し話をしようか。
それとも、一緒に映画でも見ようか。
…それとも
ベランダから見える花火を横目に夕飯を一緒に作って、一緒に食べて、一緒に片付けをして。
他愛の無い話をして、笑って。
さっきの濃密な時間を忘れたかの様に、穏やかに時間を過ごす。
「それじゃお風呂、戴きますね」
「んー、いってらっしゃい」
あの後、浴衣から着替えた彼女がお風呂セットを手にバスルームに消えて、私はひらひらと振っていた手を力なく下ろした。
「さて…と…」
どうしたものか。
これから。
私はソファにコロンと横になった。
あと、少なくても二、三時間後には眠る為にベッドに入る事になる。
いつもの、様に。
…さっきは、時間もまだ早かった。
夕飯前の時間だし。
まぁ…、本当にその気になったなら、時間なんて関係ないけれどねぇ?
でもまさか、初めてで、ソファの上で、なんてのはちょっと。
こう云っては何だけど、祐巳ちゃんだけじゃなく、自分自身だって初めてなんだし。
「…ちょっと位、ムードってモンも欲しいよね…」
それに相手は、なんと云っても祐巳ちゃんだ。
少し位、そういう事に気を使いたい。
…って、その気ですか?私
思わず自分の考えていた事に苦笑した。
さっき感じた、幸福感。
それは嘘じゃない。
唇を重ねる、それだけでも充たされた。
いとおしくて…苦しくなる。
そんな感じ…
そんな感覚はなかなか味わえるものじゃない。
けれど、人間っていう生き物は更なる『上』を求めてしまうものだって事を、今…まさに今、この身に感じている。
罪深く、浅ましい生き物。
それが『人間』だと、云ってしまえば身も蓋もないけれど。
フッ…と笑いを洩らす。
『人間』なんていう生き物がいなければいい。
このまま自然の中に溶け込んでしまいたい。
何度もそう思った事があった。
でも、昔も今も、私は『人間』で。
それなりに欲も深くなってしまっている。
この欲が邪魔をして、もう自然に溶け込むなんて出来はしないだろう。
…もっとも、今の私は『自然に溶けて、消えてしまいたい』なんて思わなくなったけれど。
そう思わせてくれるのは、出逢った人々。
栞やお姉さま、志摩子や蓉子…そして山百合会の仲間達。
そして何より、祐巳ちゃんがこの世界にはいるから。
だから、私は生きていく。
ちょっと大袈裟だろうけれど。
◆
バスルームから出ると、聖さまがソファに横になって眠っていた。
…長いまつげ、白い肌、薄紅色の形の良い唇…
本当に、綺麗な人だと祐巳は思う。
寝顔が綺麗な人は本当に美しい人なのだと、以前誰かに聞いたか、何かで読んだ。
それを云うなら、聖さまは寝顔も起きている時も、美しい。
祐巳がまだ祥子さまのプティ・スールだった時、聖さまのその美しい顔とやっている事には違和感があった。
これでもかって位オヤジなセクハラまがいな事をされたけれど、今思うとあの接触は聖さまなりの距離の取り方だったんじゃないかって思う。
あんな風にする事で、一線を置いていたんじゃないかって。
…これは祐巳の憶測だから、解らないけれど。
「…聖さま、起きて」
本当はこのまま暫く寝顔を見ていたいけれど、何も云ってくれないのも寂しい。
ピタピタと、その滑らかな頬に触れる。
「…ん」
「起きて下さい、聖さま」
「…うん…起きる、から」
ふんわり、と目を開くと聖さまは前髪を掻きあげた。
「あ…」
「なぁに?」
んー、と腕を伸ばしながら祐巳を見る。
「さっきも思ったんですが、聖さま、香水つけてます?」
「香水…?ああ…」
ほんのちょっとだよ、と笑う。
ふわ…っと時折香るくらいの、控えめな香水の香りが上品だなって思った。
「ん?祐巳ちゃんもつけてみる?」
「ふぇ?」
「何、その『ふぇ?』ってのは…」
聖さまがクスクスと笑っている。
そりゃ、興味が無いかって云えば、嘘になるけど…
でも、なんだかちょっぴり気恥ずかしい。
それが顔に出たのか、聖さまはポンポン、と祐巳のまだ乾かしていない頭を撫でる。
「ま、後で試してみようよ。私もシャワー浴びて来るから…あ、ほら、お風呂上りにきちんと水分補給しなね」
「はぁい」
聖さまはバスルームに行き、祐巳はキッチンへと向う。
ミネラルウォーターをグラスに注いで、ゆっくりと飲む。
これは聖さまのお部屋でお泊りする様になってから身に付いた習慣。
今まではお風呂上りに何か飲み物を飲んではいたけれど、それはお茶だったりジュースだったり牛乳だったりと、その日の気分で決めていたから。
でも、お泊りしていて、聖さまがミネラルウォーターを飲んでいるからか、いつの間にか祐巳も同じになっていた。
…結構、聖さまと一緒に過ごす様になってから、身に付いた事とか、変わった事がある。
お風呂上りのミネラルウォーターもそのひとつ。
なんだか、そういうのがひとつふたつと増えていくのが、妙にくすぐったい。
聖さまも、そういう事ってあるのかな?
祐巳と一緒にいるから、するようになった事とか。
「…そういうの、あったらちょっと嬉しいかも…」
キッチンには、祐巳専用のマグカップ。
こういうのも、嬉しい。
聖さまの側に、祐巳の居場所がある。
それが、嬉しい。
こんな些細な事で幸せな気分になれる祐巳はゲンキンかもしれない。
でも、いいんだ。
嬉しいし、幸せだから。
寝室へ行き、バッグからタオルを取り出して髪をタオルドライしていると、何故だろう…急にベッドが気になりだした。
お泊りのたびに、一緒に眠るベッド。
ちょっと大きいサイズで、ふたりで眠っても余裕がある。
聖さまの顔を見ながら、夢の世界へといつも旅立ってしまう、幸せな時間。
なんだか、今日はそのベッドが気になる。
多分、あの時間が理由だと思う。
花火を見に行って、なんだか切なくなって早々に帰ってきた。
そして…
『キスして、下さい』
今思えば、よく云えた言葉だと思う。
顔から火が出そう。
でも、祐巳はあの時、聖さまのキスが欲しかった。
昨日の、雑木林の中での、キス。
『祐巳ちゃんしか知らない私をひとつ増やしてあげる』
そう云って、初めて深く口付けられた。
恥ずかしくて、でも、祐巳しか知らない聖さまが嬉しくて。
…その聖さまのキスが、欲しかった。
「…うわ…!」
恥ずかしくて、どうしようもなくなってきた。
早く聖さまがお風呂から戻って欲しい。
でも、今のこの恥ずかしい気持ちで聖さまの顔を見るのはちょっと…
「私…どうしちゃったんだろ…もう…」
「何が?」
◆
声をかけたら「ひゃぁぁぁっ!」という声が返ってきて、思わず驚いた。
「せ、聖さま!」
「…さすがに今のは私も吃驚した…どうしたの」
「な、なんでもありませんっ!」
真っ赤な顔で云う祐巳ちゃんに、ほんのちょっぴり意地悪をしたくなって私は真面目な顔をした。
「祐巳ちゃん…」
「…え?」
急に表情を改めた私に祐巳ちゃんも思わず背筋を伸ばした。
「まさか、私の入浴シーンを想像していたりした…?」
「…へ?」
「まさか祐巳ちゃん…私の体が目当てだったのね…!」
「はいぃぃぃっ!?」
よよよ…とシナを作ってベッドに泣き崩れる真似をする私に祐巳ちゃんが真っ赤になって素っ頓狂な声をあげた。
「ななな、何云ってんですか!」
「あははは!ナイス反応!やっぱり祐巳ちゃんだねぇ」
本気で笑ってしまった私に、ちょっとプッと脹れた顔をする祐巳ちゃんがまた可愛い。
「知りません!」
「ごめんごめん…ああそうだ、ホラ、ちょっと香水つけてみようか」
「え?」
相変わらず、状況の急転に弱い。
香水という言葉に気を取られてさっきの怒りは何処へやら。
笑いたいのをちょっと我慢しながら、香水のボトルを手に取る。
そして、チョン、と指に落として耳の後ろに指を当てた。
「ひゃん」
冷たさに首を竦ませる祐巳ちゃんに苦笑する。
「冷たかったか、ごめんね。私はもう香りに慣れてるから顔近付けないと解らないけど、祐巳ちゃんは解る?香り」
「あ、はい…でも聖さまの香りと、ちょっと違いませんか?」
「香りは変化するから。だからだよ」
そう云うと祐巳ちゃんは「へぇ…」と云いながら首を横に動かしたりしている。
「聖さまと同じ香水なんですよね。でも、香水つけなくても、聖さまの側にいたら、香りが移っているんじゃないでしょうか」
「うーん、そうかもしれないね…。あ、そうだ」
「え…?うひゃっ!」
ガバッと祐巳ちゃんに覆い被さる。
「うひゃ、は無いでしょう、うひゃ、は…」
「だって急に…何するんですかっ」
んー?と私は祐巳ちゃんに抱きついたままで笑う。
「香水の香り。移してもらおうかと」
「な、何云ってんですか!」
いいじゃん減るもんじゃなしーというと祐巳ちゃんは居心地悪そうに身を捩る。
「せ、聖さま…離して…」
「…祐巳ちゃん?」
いつもと少し違う反応に私は体を離して祐巳ちゃんを見た。
「…祐巳、ちゃん?」
真っ赤になって、潤んだ目で私を見てる。
なんだ、一体…これはどうしたんだろう。
けれど祐巳ちゃんはパッと私から離れると、もう寝ますっとベッドにもぐり込もうとする。
「こら、まだ髪乾いてないでしょ?」
そう云って私は祐巳ちゃんの腕を掴んだ。
「…や……」
目を閉じて身を捩る。
ちょっと待て。
祐巳ちゃん、ほんとに急にどうした?
っていうより、何考えてた?
私がバスルームから出てきた時も、そういえばヤケに驚いていた。
「…祐巳ちゃん、もしかして……考えてた…?」
「な、何も考えてなんか…!」
ブンブンと頭を振って抗議する。
でも、説得力がない。
まずいな。
私も、そんな気分になってしまってるんだから。
掴んでいる腕を離すと、すっぽりとベッドに入り込む。
「こら…髪が乾いてないんだから…」
布団を剥ぐと、真っ赤な顔の祐巳ちゃんが現れた。
髪を撫でると、首を竦める。
「祐巳ちゃん?」
「…」
祐巳ちゃんが私から、ギュっと目を閉じたままで布団を奪おうとする。
「ほら、ダメだったら…もう」
私は痺れを切らした様にいう。
「いつまでもそんな事やってるなら、襲っちゃうよ?」
その言葉に、祐巳ちゃんの体がビクンと揺れた。
完全に、意識しているのが解る、その反応。
…これは参ったな…
これが私の正直な感想。
そりゃ、当然って云えば、当然。
意識しない訳がない。
ちょっとした諍いの後に訪れた優しい時間。
乱れた浴衣のまま、ソファの上で口付けを交わしたんだから。
しかも、濃厚な。
無意識に私の手は祐巳ちゃんの腰に回っていたし。
乱れた浴衣の合わせ目からは祐巳ちゃんの白い足が覗いていたし。
祐巳ちゃんの手は私のシャツを握っていたし。
よく、あの時先に進まなかったものだと思う。
あの時は、感じた事のない幸福感に包まれていたから。
だから、微笑み合えた。
でも、今は。
あの時間を…
あの時の幸福感を、知ってしまった今は。
更なる気持ちの上昇感を求めてしまう。
勿論、コレは私の気持ち。
でも、こんな反応を見せられたら…私だけじゃないんだって、思ってしまう。
祐巳ちゃんも同じなんだって、思ってしまう。
心臓が、痛い位に打っている。
「…祐巳ちゃん…どうしようか…」
ああ、ずるいな。
そう思いながらも、その言葉を口にした。
◆
聖さまの目が、優しくて。
祐巳を見下ろす目が、痛い位に優しくて。
どうしていいのか、解らず…祐巳はただ見詰めている。
聖さまの手が、祐巳の両脇にある。
きし…とベッドが軋んで。
微かなはずのその音が、酷く耳にハッキリと聞こえて。
「どうしようか…」
聖さまが呟く。
どうしましょうか…
声にならない。
声が、出ない。
何故だろう、喉に何かが詰まった様な…そんな感じ。
何か、云わなきゃ。
でも声にならない。
云わなきゃ。
声なんて、出なくても。
『声』を伝える方法はいくらでもある。
だから、祐巳は聖さまを引き寄せた。
◆
首の後ろに腕を回され、引き寄せられた。
…祐巳ちゃんの、声にならない『声』が聞こえた気がした。
これだけでも、物凄い勇気がいった筈。
だって可哀相になるくらい祐巳ちゃんは真っ赤な顔をしているから。
ごめんね、ずるい私で。
ごめんね、祐巳ちゃんに選ばせて。
でも…
「…有難う…祐巳ちゃん…」
私を、欲してくれて…
「……好き、だから…だから…」
目を伏せて呟く祐巳ちゃんに、私はゆっくりと唇を寄せて、重ねていく。
軽く重ねるだけのキスを何度か繰り返して、離れる。
「やっぱり、恐い?」
小刻みに震える唇。
恐くない訳がないのに、聞いてしまう。
「…そりゃ…恐いですよ…何がどうなるのか、全然解りませんから…」
「そう、だよね」
苦笑する私に、ほんの少し頬を膨らませる。
「…聖さま、余裕がおありですね…」
「余裕?そんなのある訳ないじゃない」
「……嘘」
「嘘?どうして?」
「…だって…聖さま、大学生だし…合コンとかだって出てたし…聖さまのファンの人、沢山いるし…それに…」
「ちょ、ちょっと祐巳ちゃんストップ!」
祐巳ちゃんの声が涙声になっている。
それに、それは一体…?
「私だって祐巳ちゃんと同じで初めてだよ?」
「…キスだって…慣れてるみたいだし…それに…女の子に抱きつくし…」
「祐巳ちゃんとしかキスなんてした事無いよ?」
いや、これは…嘘。
栞と、たった一度…キスを交わした。
御聖堂の裏で…最初で最後のキスを。
そして、栞は私の前から消えた。
「…嘘ですよね…それ」
「…だから…なんで嘘だとかって、そんな事云うの?」
ああ…こんな処で嘘をつくのか、私は。
でも栞の事を、祐巳ちゃんはとても気にしているから…これだけは、今この状況では云ってはいけない。
「……静さまに、キスしてました…あの時、見ちゃったもん…」
「へ?…あれはしてないよ?静にしたのは、ほっぺで…」
「…聖さま、もてるし…」
「もてないよ」
私の何処がもてるって云うのか。
「もてます…この間だって、瞳子ちゃんの友達に告白されてたし…」
「…祐巳ちゃん…一体何が云いたい?」
「……私…以外の人とも、こんな事…」
私は思い切り溜息をついた。
…成程ねぇ…
「祐巳ちゃん…云っていいかな…それ、すっごい失礼だよ、私に」
「……っ…」
ちょっと、いや、本気で怒っているだろう私の顔を見て、祐巳ちゃんは目を閉じた。
「…ごめんなさい…でも…考えちゃうんです…聖さまは、ホントに素敵だから…あんな風に告白されてるの、見たら…それに静さまにはキスしてたし…」
いや、だからアレはほっぺ…
「大学の人にも相変わらず人気あるらしいし…」
人気?何処に?
ああもう…
なんだか、聞いているとヘコんで来そうだ。
…それに、このままではラチが明かない。
私は祐巳ちゃんをちょっとキツめに抱き締めた。
「不安にさせてるのは私…だね」
そう、ここが重要。
私が祐巳ちゃんを不安にさせてる。
祐巳ちゃん以外に…と思わせてるのは、私自身。
正直、物凄く不本意だけど。
「ホントにね、私は祐巳ちゃん以外にこんな事、した事無いよ。今だって、すごく緊張してる。余裕なんてない…解る?私の体、ずっと震えてるんだから…」
本当に、さっきからずっと震えが止まらない。
キスなら、何度も交わしたけど…これからする事は…
好きな子に触れるって事は…さすがに私だって緊張してる。
「…ホントだ…聖さま…震えてる…」
「…ね?祐巳ちゃんは私をここまで緊張させるんだから…」
手を上げて、目の前にかざす。
小刻みに震える手指。
これが、今の私を表す全て。
この手で、私は祐巳ちゃんに触れるのだ。
「…ごめんなさい…」
私の手に触れながら、祐巳ちゃんが小さく呟いた。
「ダメ。許さない。私、凄く傷付いたんだから…」
これは、ホント。
信じてもらえていない事が、寂しかった。
勿論、祐巳ちゃんが不安に思ってしまう気持ちも解る。
「…ごめん、なさい…聖さま…」
私の手に、唇を寄せてくる。
そして、その手を胸に抱きしめた。
うわ。
…そんな事されたら…
「祐巳ちゃん…」
だから…余裕なんて、ホントに無いんだって…
抱えられた手で、そのまま祐巳ちゃんの手を握る。
そして、そのまま、祐巳ちゃんがしたように手に唇を寄せた。
「…あっ…」
ビクン、と手を引きそうになる祐巳ちゃんを許さずに、握る手に力を込めた。
「…祐巳ちゃん…もし、どうしても、恐かったり嫌だったら今直ぐに云って。無理やりとか、我慢してまでなんて、私も嫌だから」
「…嫌じゃない…です…ちょっと、恐いけど…」
かたかた…と手が震えている。
それでも、微笑みを浮かべようとする祐巳ちゃんに、私も微笑んで見せようとした。
「…あは…ダメだ…今は、笑えない…」
震える唇で、ゆっくりとまぶたに口付けた。
いとおしい、と思う。
こんな気持ちになるなんて、出逢った時には想像もつかなかった。
祥子の下敷きにされた少女。
祥子だけを見詰めていた少女。
祥子の為に、賭けに駆り出され、そして祥子の妹になった少女。
百面相が楽しくて、反応が楽しくて、ちょっかいを出していた。
何故か困ってる時や、悩んでいる時に出くわす事が多くて。
なんの躊躇いも無く、私は手を差し伸べた。
その手にすがってくる、私よりも小さな手。
それが愛しくなりだしたのは、いつからだろう…
ゆっくりと、少しずつ、私と祐巳ちゃんを遮るものを取り払って行く。
かたかたと震える体。
いとおしくて、たまらない。
「ねぇ、祐巳ちゃん…私は、恐い?」
「…え?」
「私の事、恐い?」
「…いいえ…いいえ、聖さまは恐くないんです…でも…」
「うん…今、祐巳ちゃんに触れてる手は、誰の手?」
手を祐巳ちゃんの前に掲げてみせる。
「…聖さま…」
「そう、私の手…私の手は、恐い?」
「…いいえ」
「…そう…今、祐巳ちゃんに触れてるのは…私だよね…」
ゆっくりと、手を祐巳ちゃんの肌の上を滑らせる。
脇腹から、腰に掛けての、滑らかな曲線に。
「…は…い…」
「恐い…?」
「いいえ…恐く、ないです…」
「…そう…」
手が、背中から腰に滑る。
「…あ…っ」
「恐い…?」
「いいえ…」
背中から肩、肩から、ふたつのふくらみの片方に滑る。
「あ…や…っ」
「…恐い?」
「……大丈夫…です…」
段々と、祐巳ちゃんの顔が上気していく。
「でも…恥ずかしい…」
荒くなり出している息の中の、呟き。
「…だね…」
祐巳ちゃんの手を取り、私に心臓の辺りに這わせる。
誰にも触らせた事のない、素肌の胸に。
「ほら…ドキドキ云ってるの、解る?」
「…あ…っ、聖さま……はい…」
上気して紅くなっている頬に更なる紅が差す。
恥ずかしげに、触れている祐巳ちゃんの手が、ゆっくりと、ぎこちなく滑る。
「…っ」
相当、私も過敏になっているらしい。
祐巳ちゃんはそのまま手を私の肩に回して「キスして…下さい」と囁いた。
「ねぇ…祐巳ちゃん…知ってる…?」
ゆっくりと、祐巳ちゃんの肌に手を這わせながら云う。
「…何…ですか…?」
「香水ってね…体温の上昇で、香りが放たれるの」
「……」
「体温が高いと…ね…?同じ香水でも、香りが甘くなったり…印象が変わる…らしい」
「……」
うまく言葉が出せなくなってきている祐巳ちゃんに、私はそう教えた。
祐巳ちゃんは何か言いたげに私を見詰めている。
私は自分がつけているのと同じ香水が、こんなに甘い香りを放つという事を今初めて知った。
体温が高めだと、香りは甘くなると、何処かで聞いた事はあった。
それを今、私は祐巳ちゃんにつけた香水で確認したという事になる。
私はあまり平熱が高い方ではないらしい。
だから、ほのかな香り立ちになるようだ。
反面、祐巳ちゃんは平熱が高めな感じがする。
でも今は、更に体温が上がっているから。
…その原因は、私なんだけどね。
「…香水って…不思議、なんです、ね…」
熱に潤んだ目で、息も絶え絶えに祐巳ちゃんが云う。
私は祐巳ちゃんの耳に顔を近付けた。
立ち上る、甘い香り。
汗ばむ素肌からはボディソープの香り。
髪からはシャンプーの香り。
どれも私と同じものの筈なのに、祐巳ちゃんから漂う香りは、何故か甘い。
「ふふ…」
「…何、です…か…っ」
笑う私に、苦しい息の中、ちょっと怒った様に云う祐巳ちゃんの胸に胸を重ねて、私は呟いた。
「祐巳ちゃんは、甘党だから…体も甘いのかもね…」
無意識に口元を押さえた祐巳ちゃんから、それに対する反論は無かった。
否、云えなかったらしい。
乱れる呼吸、高まっていく感情。
私の手の動きで、少しずつ変わっていく祐巳ちゃんに、どうしようもない感情が頭を擡げる。
「やだ…っ恐い…っ」
「…私が恐い…?」
違う…と首を横に振る。
自分の中に生まれていく初めての情動に祐巳ちゃんは戸惑って、恐怖している。
「大丈夫…恐くない…よ」
そう囁きながら、更なる高みへと祐巳ちゃんを誘っていく。
祐巳ちゃんの足を開いていく自分に、異様な昂奮。
…むしろ、私の方が恐い。
私の動きに、様々な変化を見せる祐巳ちゃん。
その姿はとても綺麗で。
それを見られるのは私だけ。
なのに…それを、毀したい衝動に駆られるのは、何故なんだろ…
「…っ…聖さま…っ」
空を切る手が、私を呼ぶ。
それに答える様に手を握り、更なる高みを目指す。
洩れる艶めいた声。
手に動きに合わせて揺れる腰。
もう、私にも余裕なんか無かった。
…最初から、余裕なんて無かったけど。
◆
「香水…」
祐巳ちゃんの、少し掠れた声の呟きに、私は閉じていた目を開いた。
「…何?」
「ホントに私と香りが違うのか、今つけてみて下さい」
「へ?」
何を急に云い出すのやら。
っていうか、覚えていたんだ。
意識が半分飛んでたと思ったのに。
「私がつけても良いですか?」
「ああもう、解った解った。つけてみればいいんでしょ…でも、多分、いつもの私の香りじゃない筈だけど、それでもいいの?」
香水の瓶を手に迫ってくる祐巳ちゃんに、私は観念した様に瓶を受け取った。
私の言葉に、祐巳ちゃんは「何故ですか?」と首を傾げる。
「何故って…」
思わず、云うのを躊躇してしまう。
祐巳ちゃんは不思議そうだ。
仕方が無いなぁ、もう。
「あのね?」
「はい」
身を乗り出してくる裸の祐巳ちゃんに、なんとなくまたイケナイ気持ちになってきた。
また…なんて云ったら、怒るだろうか。
「私も今、体温が高いから」
「え?」
私は祐巳ちゃんの腕を引いて、ベッドに横たえた。
勿論、私の下に。
「解らないかな、祐巳ちゃんに夢中だったからだよ」
云われた事が解らなくて、目をパチクリとする祐巳ちゃんに苦笑する。
「解らない?私たち、今まで何してた?」
「…へぁ…?」
「二人で、イケナイ事、してたでしょ…?」
ボンッと祐巳ちゃんの顔が赤くなった。
「い、イケナイ事なんてしてません…!」
「そう?じゃあ何してたんだろう、私と祐巳ちゃん」
とことん、私は照れやすいらしい。
茶化さずにいられない。
その辺をそろそろ祐巳ちゃんにも理解してほしいものだ。
「…好きな人と、する事ですよ…」
やっとの事で、そう云うと、祐巳ちゃんは私を引き寄せて口づけてきた。
その後、第二ラウンドに突入した事は、云うまでもない。
まあ、明日も祐巳ちゃんは泊まっていくんだし。
ちょっと位の夜更かしは多めにみてもらおう。
後書き
執筆日:20040720〜20040722
聖さま頑張れverって事で。
15or16禁くらいにはなったでしょうか…
こんな感じなんです。
これなら表でもいいでしょうかねぇ…生ぬるいし。
でも、性描写が少しでも入るのが嫌、という人もいますので…
ああ〜皆様の反応が気になるー