まっすぐ
(聖)





どうしよう。

祐巳ちゃんが、私の手を包む様に握る。

そっと。
柔らかく。
優しく。

…痛く。






「聖さま」

そう囁く様に名を呼ばれて、私を抱き締める祐巳ちゃんを見上げた。

小さな体で、私を抱き締めている祐巳ちゃんを。



夢の様に、ベランダから消えてしまうんじゃないか…そう思った祐巳ちゃんは、私の手を握ってくれた。

夢じゃないでしょう?
そう云いながら、祐巳ちゃんはその存在を私の指に知らしめた。



あれから…どれだけ時間が経ったんだろう。

もうそれすら解らない。

もつれる様に、ベッドに倒れ込んで、今に至る。

何度も何度もキスを繰り返して。

その存在を確かめて。

他へ目を向ける事を許さない…他の事を考える事も。



私は、祐巳ちゃんだけを見つめていた。







「…寒くないですか?」

肩に手を滑らせて目を覗き込まれた。

「…うん…暖かいよ」
「でも…今日はちょっと涼しいですし…それなのにエアコン効かせてるままですから…肩冷たいです…」
「そう?」
「…え、ちょ…聖さま…っ」


私は祐巳ちゃんの胸に、さっきよりも強く押し当てる様に顔を埋めた。

「…うん、暖かい」
「……聖さま」

ちょっぴり、呆れた様な声。

「祐巳ちゃんは?寒くない?」
「はい。聖さま、暖かいですから」

そう云って私を包む腕が優しい。


なんだか、あんなに不安定だった心が凪いでいる。

まるで穏やかな湖面に浮かぶボート。

そして、そこに吹くのはこれまた穏やかな風。

まどろんでしまいそうだ。


「聖さま…?眠いですか?」
「…いや?」
「…嘘…だってほら、目が眠そう」


くすくす笑う祐巳ちゃんの声が心地いい。
確かに、眠くなってくる。

「まだ早い時間ですし、眠っていいですよ」
「…祐巳ちゃんは…?」
「私は聖さまの寝顔を見ています」
「…やだな、それ」

寝顔だけは自分では解らない。
どんな間抜けな顔して眠ってるか解ったものじゃない。
そんな顔を見られるなんて。

反面…祐巳ちゃんの寝顔は、本当に可愛い。

起こしてしまうのが可哀想になる位。

無防備な寝顔を見られるのは私だけ…なんて、思わず優越感に浸ってしまう。

「祐巳ちゃんの寝顔はホントに可愛いけどねぇ」
「何云って…。聖さまの寝顔、可愛いですよ?」
「はぁ!?」


思わず、祐巳ちゃんの胸から顔をあげる。

この子は一体何を云ってるんだ!
この私が可愛いなんて、有り得ない事を。


「どうしたんです?」
「…どの口がそんな事を云うのかと思ってね…」

はぁ…、と溜息をつきながら髪をかき上げる。

すると、祐巳ちゃんはなんとも云えない、優しい表情を浮かべて、まっすぐ腕を伸ばして来たかと思うと、私の頭を掻き寄せると…温かい胸に引き寄せた。

「ホントですよ?」

キュッ、と私の頭を抱く腕に、力を込める。

甘やかな、力。
でも、逆らう事を許さない、そんな力。

「無防備な聖さま…私にだけ、見せて下さいね?」

祐巳ちゃんが、私の頭のてっぺんにキスを落とす。


…ホントに、どこでそんな事、覚えてきたの?
なんだか、ヤキモキしてしまう。


「…聖さま?」
「…黙って」

祐巳ちゃんの胸から顔を上げて、伸び上がるようにして唇を求めた。
すると、それに応えるように、唇を寄せてくれる。


「…祐巳ちゃんだけだよ…そんな事云うの」
「当然です。私以外には見せないで」


見せられる訳ないじゃない。


「…眠気、覚めた」
「え?」
「キス、してよ。祐巳ちゃんから」
「は?」
「私にしか、出来ない、私だけしか知らない、そんなキス」
「へ?」

まっすぐに、祐巳ちゃんの目を見詰めながら云うと、頬を赤らめてちょっと視線を逸らす。

「…聖さましか知らないって、私聖さまとしか、した事無いんですけど」
「知ってる」
「〜〜っ」

ますます顔が赤くなっていく。

でも、許してなんかあげない。
だって、こんなに私を惑わせてるのは君だよ?

もう、手離せない。
だから。



意を決したのか、祐巳ちゃんが顔を寄せてくる。

「…目、閉じて下さい…恥ずかしい…」
「やだ」
「聖さま!……んっ」

首の後ろに腕を回して、引き寄せると唇が深く重なった。

驚いたように目を見開いた祐巳ちゃんは、私の目が閉じられていない事を知ると、恥じ入る様に目を伏せて逸らすと、ゆっくりと目を閉じた。

悪趣味だと思いつつ、それを私は見詰めている。

…だって、こんな艶めいた祐巳ちゃんを見られるのは、私だけだから。


誰にも見せてなんかやらない。

これは、私だけの特権。


私はまっすぐに君を見詰めているよ。
だからまっすぐ、私だけを見ていて。





後書き

執筆日:20040813

不安定の後に訪れてる凪でしょうか。
もう、ベッタベタして戴きましょう、みたいな?(笑)

next『さよならのためのキス』(祐巳)(



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